第43話 作戦通りニヤリ

「ぬぅ……くぅっ…………」


 佳澄の顔が怒りに歪む。


 叶恵の撃った弾はただ手足ではなくて、さらに末端、足首や手首よりも先のどこかに当たる。


 その為、手足が大きくブレたし、佳澄自身も強く体を揺さぶられた気がする。


 止まっている対象を撃つ静止射撃と、動いている対象を撃つ運動射撃。


 当然運動射撃のほうが難しい。


 人間は動いているものを見る時は著しく視力が低下するからだ。


 ただし叶恵には生まれ持った超動体視力がある。


 言ってしまえば、叶恵には運動物が、静止物とほぼ同じに見えている。


 叶恵にとって静止物を撃つのと運動物を撃つのは大きく変わらない。


 勿論、自分が撃ってから弾が届くまでに対象がどれだけ動くかという予想力も必要だが、少なくとも叶恵は最大の難関である『運動物を捉えられない』がゼロなのだ。


 予想にしても、相手の軌道と速度を完全に把握している以上、難易度は下がる。


 そもそも中学時代に三年間練習していた経験者。射撃のいろはぐらいは知っている。


 おそらく今、叶恵は超動体視力で佳澄の運動軌道、速度を完全に把握したうえで、冷静に、


『あの軌道、あの速度なら、今あそこに撃てば右手を払えるかな』


 などと考えているだろう。


 叶恵の必中距離は、静止射撃と運動射撃で差がなく、静止射撃距離を伸ばせば自動的に運動射撃距離も上がる。


 そして必中距離を伸ばすには、静止射撃の練習の方が都合がいい。


「もらうわ!」


 叶恵の放った一発のタングステン弾が、白い尾を引き空を切り裂く。


 重たいタングステン弾は、佳澄が左手に握る電磁投射小銃の銃身を直撃。


 選手を狙った弾ではないので、佳澄も反応が遅れたんだろう。


 弾かれた小銃があらぬ方向へ発砲する。


「~~……」


 弾幕は当たらない。狙撃は当たらないわけではないが、試合が遅々として進まない。


 しびれを切らした佳澄は、両手の銃を両肩のハードポイントに、それぞれ取りつける。


「いいわ、なら貴女の得意な接近戦で決着をつけてあげる!」


 佳澄の両手に量子の光が集まる。

 再構築された武装は高周波槍。

 長さ四メートル程の槍を構え、佳澄はクイックブーストで急加速した。


「リーチは槍の方が上、これなら貴女のあの奇妙な突きは効かないわ!」

「なにおう!」


 叶恵はバーニアで徐々に加速しながら接近。


 佳澄の言う事は間違っていない。


 相対突きの弱点はリーチにある。


 全力で斬りかかる相手の前進に合わせて突きを出すのが『相対突き』だ。



 剣術では最大リーチを誇る突きなので、こちらが先に攻撃できる。


 突き同士でも、叶恵は刀より長い銃剣を使わせているから問題ない。


 だが槍は危険だ。


 銃剣よりも圧倒的に長いリーチ。


 互いに突きを出せば、佳澄の槍が先に叶恵に当たってしまう……と、言うのが一般人の分析だ。


 でも忘れちゃいけない。


 叶恵が超動体視力を持っている事、そして『相対突き』がただ同時攻撃の先手を取るだけではない事を。


 俺の視線の先で、俺の想像通りの事が起きる。


 空中で正面衝突する勢いでブーストを滾らせる佳澄。


 二人の距離はみるみるなくなる。


 互いに得物を構えたポーズから、佳澄が槍を突き出した。


 叶恵は未だ射程外。


 一方的に槍の穂先が叶恵の顔面に迫る。


 叶恵が動く。


 クイックブーストで突然加速。


 首を僅かに逸らし、重心を少しズラして、穂先は叶恵の頬をかすめながら通り過ぎる。


 叶恵の目と鼻の先には、攻撃が空ぶって無防備な佳澄がいる。佳澄は自分の攻撃がはずれた事を認識もできずに目を闘志で燃やしている。


 互いに最高速度で接近する、刹那の中の刹那。


「いりゃああああああああ!」


 叶恵の銃剣が真っ直ぐ、そして鋭く突き出されて、佳澄の胸を直撃した。


「コハッ!」


 空中で正面衝突した二人は、互いに弾き合う。


 だが相手を銃剣で受け止めた叶恵はすぐさま空中で静止。


 胸で受け止めてしまった佳澄は電離分子皮膚のおかげで意識こそ失わないが、視界の端には『YOU LOSE』の文字を見ているだろう。


 試合終了のブザーが鳴って、佳澄は口をぽかんと開けている。


「な、なにが起こったの?」


 実況が叶恵を褒め称え、観客席のみんなが叶恵に声援を送る。


 でも叶恵は、今度はみんなに手を振らず、まっすぐセコンド席の俺のもとまで降下してくる。


「朝更♪」


 着地と同時に叶恵は機体を量子化。


 パイロットスーツ姿で俺に抱きついた。


「勝ったよ、ありがとう♪」


 俺の胸に顔をうずめてから、俺を見上げる叶恵の笑顔は本当に、太陽のような眩しさだった。

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