第3話 女子高にコーチとして赴任

 次の日の月曜日。

 教室の教壇に立った俺の目に映る席全てに女子が座っていた。

 右を見ても左を見ても教室の奥から手前を見ても、女子しかいない。

 当然だ、だってここ女子校だもん。


「というわけで、今日からこの一年二組の専属コーチを務めて頂く、戦場のリヴァイアサン、最強の軍神こと、桐生朝更(きりゅうあさら)大尉です。皆さん拍手ぅ!」


 腰まで伸びた黒髪が綺麗な、妙に若く見える担任の水越真美先生が俺に拍手をしてくれる。でもクラスの女子達は興味津々で俺を見つめるばかりで、誰も拍手をしてくれない。


 俺は頭をかきながらみんなに自己紹介を始めた。


「今ご紹介に預かりました、桐生朝更です。先週までは月で戦っていました。リハビリ期間中の限定コーチですが、よろしくお願いします」


 頭を下げると、途端に教室中の女子が立ち上がって悲鳴をあげた。


「すっごーい! 本物よ! 本物の朝更くんだよ!」

「朝更くんって言ったら、あの中一で全国大会優勝してすぐ戦場に行った!」

「リアル一人軍隊(ワンマンアーミー)で万軍殺しの伝説の少年兵!」

「あたしらと同い年で専用機、それも神話シリーズの使い手」

「んんんんんもう!」


 全員同時に声を合わせて、


『すっごーーーーい!』


 全員これでもかとばかりに瞳に星を散りばめ大興奮だ。

 あれ? 俺は兵士であって、甲冑戦のプレイヤーじゃないんだけど、なんでこんなスター選手みたいな扱いになってんだ?


「あのぉ、朝更くん」


 水越先生が俺の右袖を指でつまんでくる。

 手には、恥ずかしそうな顔を隠すようにして色紙とサインペンが握られている。


「サイン、もらえます?」

「はいぃいいいいいいいい!?」


 途端に、クラス中の生徒達が机を叩く。


「先生ずるいです!」

「朝更くんしつもーん、今彼女いるー?」

「好みのタイプはー?」

「むしろあたしどうですか?」


 クラス中の女子達にやいのやいのと質問攻めにあって俺は対応しきれず、あとずさって壁に背中を当てた。


 あれから俺は、放課後だけではなく、校内でも藤林を鍛えるためにコーチを申し出た。


 学園は妙に歓迎的で電話一本で承諾してくれたはいいが、結果がこれだ。


 ちなみに俺にコーチを頼んだ藤林は自分の席で一人悔しそうな顔で震えている。


 俺としては藤林だけの相手をしてあげたいが、学校時間中の俺はみんなの先生、一人だけ特別扱いはできない。


 そこへ、水越先生が俺に話題を振ってきた。


「あ、そういえば朝更くん。住む場所なんだけど」

「はい、それなら教員寮があると聞いているので、今日にでも」

「悪いんですけど今、教員寮いっぱいなんですよ」


 水越先生の眉尻を下げた笑顔に、俺は『え?』と目を丸くしてしまう。


「でも学園の敷地に住んでいるほうがコーチ業やりやすいんでそっちのほうが」

「なので提案なんですが、相部屋で良ければ私の部屋に」


 水越先生がつつっと近寄ると、女子達が途端にブーイングを漏らす。


「先生それは職権乱用です!」

「年増のくせに!」

「おばさんは引っ込んでください!」

「年増って、先生はまだ一七歳です! 三年生と同じ年齢なんですよ!」

「へ? そうなんですか?」


 思わず素になって聞いてしまう俺に、藤林先生は恥じいるように顔を赤らめる。


「たはは、実は私飛び級生でして、先生なんて言っても去年一七歳で大学を卒業したばかりなんですよ。だから今年の誕生日が来ても一八歳でみんなとあまり変わらないんです」

「どうりで先生にしては可愛過ぎると思いましたよ」

「か、可愛い……」


 一瞬硬直した水越先生の顔に満開の笑顔が咲いた。


「朝更くんは中二からずっと戦場でしたよね? 私もずっと年上の人しかいない環境で全然青春できなかったんです。だから私と一緒に青春を取り戻して」

「先生それは不純異性交遊です!」

「うちの校則にないけど漫画じゃだいたい禁止だから先生もやめるべきです」

「むしろ相部屋がOKなら私の部屋に」

「いやあたしの部屋に」


 えー、なんでいきなり同棲以外の選択肢がなくなってるんだよ。寮が無いならしょうがないし自宅から通えば、


「みんないい加減にしてぇえええええええええ!」


 ずっと黙っていた藤林が、机を叩いて怒鳴った。

 頬を膨らませながらずかずかとみんなの前に移動すると、俺の腕を取って水越先生から引き離す。


「あのねみんな、桐生はあたしが見つけて! あたしがコーチを頼んだの! だからあたしが一番権利があるに決まってるでしょ! 勝手な事言わないでよ!」


 自分の胸に手を当てて宣言する藤林。

 その主張はあっているような、あっていないような。


「じゃあ叶恵の部屋に住むの?」


 誰かに言われて、藤林は肩を跳ねさせて、だが大きく胸を張りながら腰に手を当てる。


「そ、そうよ! 桐生はあたしと住むの! あんただってそう思うでしょ!」


 振り向き、同意を求めて来る藤林。

 確かに本気でレッドフォレストを目指すなら二十四時間付きっきりのほうが鍛えやすいけど、女子と一緒に住むのってどうなんだろう。


 でもその場の空気と、藤林の真剣な視線から、俺は覚悟を決めた。

俺はサインムーブとして、空間に指で十字を切った。


 すると俺の左耳の裏につけている多目的型携帯端末ライフ・リンク・ギア、通称LLGが起動した。


 触れる立体映像、投影画面を展開すると俺はすばやく人差し指で画面をタッチ、『ゲーム一覧』から『クジ』を選択して、数をクラスの人数+一に合わせた。

俺と藤林の間に、四〇枚程のカードが投影される。


「恨みっこなしのくじ引きだ、当たりを引いた奴の部屋に住まわせてもらうよ。じゃあどうぞ藤林」

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