新興業出番芸温──少年よ芸人になれ

鱗青

新興業出番芸温──少年よ芸人になれ

 1953年。この年日本で初めてTV地上波が放映された。その電波に乗ったお笑いは一大ムーブメントを巻き起こし、ヤスキヨ師匠を始めとする数多のスターが綺羅星の如く輩出された。ファーストインパクトである。

 80年代バブル期。ドリフターズに代表されるコントや所謂「お笑いのできるタレント」が放送業界全般を盛り上げた。景気の良さも相まった文字通りの黄金時代の到来は後に、セカンドインパクトと位置付けられた。

 平成から令和にかけて前記の二度の頂点ののち、お笑い界はマスメディアを中心に拡大する一方で緩やかな上昇と下降の波を描き、徐々に衰退の一途を辿ってきた。 TVやサブスクのメインであった映像事業が没入仮想空間メタバースに押され、人々は笑いそっちのけで新しい娯楽であり冒険でもある仮想に耽るようになった。

 そして西暦202×、現在。

 青い風が香る四月…

 平凡な中学二年生の僕は潰れかけのお笑い事務所を経営する父親から呼び出された。使用していない筈の本社大倉庫の内側は真っ暗闇で、おっかなびっくり進む僕の足音すら不気味にこだまを広げる。

 照明が点く音。かなり高い位置に立つ父親の姿が見えた。

「よう来たな新人シンジン

「は?何言ってんの?いつもみたく名前で呼んでよ。てか小遣いくれんでしょ、さっさと頂戴。早く予約しなきゃプレステ新型売切れ…」

 今度は倉庫全体が点灯。僕の眼前に、馬鹿でかい人の形をした物体がプールに首まで沈んでいた。

 食い倒れ人形?それにしてもデカい。顔だけで二階建て一軒家くらいはある。違う所があるとすれば、両手には何も持たず腹にトレードマークの太鼓を提げている様子もない…

「それは汎用人型漫才芸器。人造人間出番芸温デヴァンゲイオンや。これに乗って舞台ステージに出ェ」

「父さん何言ってるの?僕、跡は継がないって言ったよね!今時お笑いなんて──」

「お客さんにウケたらプレステをやる。父ちゃんツテのあるねんな、業界特権や」

「バカにしてんの⁉︎そんな理由でこんな妙ちきりんな物に乗れるわけないよ。ネタなんかできるわけないよ!」

「乗るなら早よせぇ。でなければ…帰れ!」

 父、めっちゃタメた後の決め台詞に自分で口許を押さえてほくそ笑んでいる。痛い。この上なく痛いダメな大人の典型。

 いつもこうだ。高圧的で人の言う事を聞かなくて、おまけにアホ。お笑い興業の一人息子として甘やかされてきた結果だ。

 僕は俯いて拳を握った。自分はああはならない。笑いなんて下らないものに生涯を捧げたりしない。真っ当に勉強して、真面目に堅実に生きてやる。

「…どうして僕なの」

「何となくノリで制作したさけ、大人の体格やと乗れへんねん」

「誰でもいいんじゃん」

「頼む、な?この通り!この実験がうまくいかんとお母ちゃんにも愛想尽かされてまう‼︎」

「やめてよ土下座とか。プライドないの?」

 新しいゲーム機でするVRと両親の離婚を天秤にかけた。そういや最近の母はメタバースのホスト遊びにハマって家計は火の車まっしぐらだし…

「これに全資金ぶっ込んである。お前じぶんの学資と保険金までワヤんなってまう。な?──会社の希望、お前じぶんに任せたわ」

「いや本当に何してくれてんの父さん」

 数十分後。僕は最低限の説明すら詰め込みで、出番デヴァ操縦席コックピットに座らせられていた。懇願の後でお年玉十年分まで人質に取られては、もう退くことはできない。

「なんかここ、全体的に生温なまあったかい。それになんか濡れた犬の匂いがする…」

『人造人間やさけ仕方ないやろ、我慢しい』

 出番デヴァはとにかくだだっ広い球場スタジアムのような場所に引きずり出されている。観客席にぐるりと囲まれたすり鉢状の底がステージ。ここなら巨大ロボが大騒ぎしても構わないだろう。

『新人君。キミは座ってるだけでいい。あとは機械がやってくれるンでぃ』

「誰⁉︎」

博士ヒロシでぃ。出番デヴァの管理責任者。これから君は目の前にいるシトを笑かし倒すンでぃ』

 僕は鼻にかかった声の変な喋り方をする男の声に誘われ客席を見渡した。普段なら自室に引き籠りVRヘッドギアを着けているであろう大勢の老若男女が、一堂に会しているさまは壮観だ。

「シトって…観客でしょ?」

『観客と書いて強敵てきとも言うんでぃ。ついでに言やぁ神様ヨォ。だから、沸かせなきゃならないんでぃ』

「持って回った言い方…笑かせばいいわけね。で?どうやって?」

『最新の研究でシトにはAアカンTツマランワフィールドと呼ばれるものがある事が分かったんでぃ。ピシャッと言うとバリヤー、元をただすとってェ奴だわな』

 心の壁を取り払え。そうすれば自然と相手は笑う…という理屈か。 

「ていうかなんでシトって呼んでんの」

 父が答える。

『彼は江戸っ子での区別のつかんねや』

「知るかよ」

『兎に角余計な事ォ考えんな。シトのA・Tフィールドを無効化しながら戦うんでぃ。生き残る道はそれっきゃないゼ』

「え?死ぬのこれ?」

 開幕ベルが鳴り渡る。

 突然の死の宣告に戸惑うデヴァの足元が突然開き、奈落仕掛けから推定20mはあろうかという黄色の物体が現れた。

 嘘のように大きなバナナの皮。これも作り物だろう。

 と、出番デヴァは勝手に歩き始めた。ズム、ズムと一足ごとに砂塵を舞上げながら皮の上に到達すると。

「ひぇゃわぎゃぁぁぁ」

 ものの見事にひっくり返った。おおっ、と反応する観客。恐らく人類史初、巨大ロボのバナナの皮滑り。出番デヴァがもんどり打つと、その勢いで震度六強の揺れが客席全体に広がって。

 出番デヴァの中に居る僕はしっちゃかめっちゃかだった。骨が折れ内臓が口から飛び出していないのが不思議な程。VRのゲーム内でもモザイク処理を受ける具合にズタボロ。

「ふざけんな!こんなの続けられるか、死んじゃうよ‼︎」

『安心せぇ新人。助っ人を二人送ったる』

「ねぇコミュりょくって聞いた事ない?」

 僕が送り出されたゲートから新たに二体の出番デヴァがのっそりと現れた。

 全体的に紅くて攻撃力のありそうな顔つきの方が片言で叫ぶ。

Are you idiot貴方は馬鹿ですかシトがウケてる内に畳ミ掛ケル、コレ定石jo-sekiヨ!」

「何だよいきなり!こっちゃそれどころじゃないんだよ!」

『彼女は青森の飛鳥アスカ出身で両親が米国のコメディアンなんや』

 黄色くて力の弱そうな儚い顔つきの方の出番デヴァは僕を助け起こしてくれた。

「新人君。貴方はスベらないわ。私が守るもの」

「既に滑って転んでるけど。あと言葉尻がなんか重いよ」

「御免なさい。こういう時どうすればいいのか…」

「笑っとけば?」

「ヒィーヤッハッハッ〜‼︎…こう?」

「違う。下手か。あと怖いよ」

『彼女は綾小路あやのこうじ。新人、お前じぶんのある意味妹やな』

「サラッとゲス発言したね父さん。後で母さんに言いつけるから」

 僕達二体ふたりを押し退け、赤出番デヴァが前に出た。腰に両手を当ててふんぞり返り、客席全体にアピール。

「私ハ天才ダカラ日本人ジャップノお笑いナンカお茶のKidサイサイ!喰らいナサイッ」 

「心証最悪だ…」

 赤出番デヴァ米国流アメリカンナイズのジェスチャーたっぷりに肩をそびやかして…

「隣の建物に人が住んだヨ。イェーイ‼︎」

 語尾でビッ!と親指を立てたサムズアップ

 静寂。というか、耳が痛くなるほどの無音。

「バカな…私のGagギャァグが効いてナイ⁉︎」

「バカは君だよ」

「心を開かないとシトは笑わないわ」

「エエイうるさいッ!こうなっタラ…」

 赤出番デヴァ此方こちらを振り向くと、脹脛ふくらはぎの辺りからハリセンを取出した。勿論もちろん巨大ロボサイズである。

「プログレッシブハリセン、ヨ!これデ…」

「お、おお落ち着きなよ!そんな物振り回したら」

 僕の制止も虚しく赤出番デヴァは超合金を折り重ねた得物えもの最早もはや武器だ)を無慈悲に振り下ろす。

「ナンデヤネン!ナンデヤネン!ナンデーヤネン‼︎(×10)」

「うわぁぁぉぁぁ」

 破砕音の嵐。大小の旋風つむじかぜが巻き起こり、衝撃波が舞台を襲う。客席も同様で、幾人かは吹き飛ばされていく。

「コレは俗に言ウ天丼ネタ!ホラ受けテルワ‼︎」

「悲鳴が上がってんだよ!お客さんドン引きしてるだろ!」

 僕は操縦桿を必死に操った。これはまずい、冗談でなく殺される!

 関節可動域、重心移動、微細な手作業の調整。ゾーンに入ったのではあるまいかという集中力で操縦席急所をカバーする。一撃もらうだけで即死だ。

 僕の機体を狂ったように乱打する赤出番デヴァを止めに入った黄出番デヴァが振りほどかれた。勢いで脱出イジェクション機構が作動し、操縦席が白煙を引いて青空を飛翔していく。

「綾小路ーッ!」

「御免なさい、私何もできな──」

 ドップラー効果をつけながら消えていく綾小路の音声。

 フシュー…と肉肉しい息を吐き出しながら、精神を崩壊させた青森県飛鳥出身のパイロットに操縦された赤出番デヴァが近づいてくる。もう助からない。まだやり残したゲームと冷蔵庫に残したアイス、あと参考書のカバーをかけたエロ本(同級生からプレゼントされた)の事が脳裏をかすめた。

 赤出番デヴァが両腕で握りしめたハリセンを日本刀のように振りかぶった(最早ウケるとかネタとかすっかり忘れているらしい)時、僕の出番デヴァの目が異様な光を放った。

“自己防衛プログラム作動。裏CodeEエエカゲンニセエ──”

 そうか、父さん。僕を助けるために仕掛けをしていたんだね。やっぱり父さんは…

“自爆します”

 出番デヴァのA・Tフィールドが自壊した。それにより白光の球体が舞台ごと客席を包み込み。

 盛大な爆発。

 後には折り重なって倒れる出番デヴァと赤出番デヴァの二体。

 そこから命からがら這い出してきた僕と青森県飛鳥(以下略)。二人とも衣服はボロボロとなってはいるが、幸い命に別状はない。相手が赤毛の美少女で、ちょっとおっぱいが見えかけているのがエロいな…という感想を抱いた。

 気が付けばそちこちから拍手が上がっていた。喝采…というわけではないけれど(観客の三分の一は巻き添えで吹き飛んでるし)。健闘を讃えられたのだろう。

『ようやった新人。既に次回の企画作戦『出番芸温・新喜劇版』が決定しとるで。スピンオフの『新喜劇の巨人』も構想中や。博士ヒロシに巨人化する液を脊髄に打ち込んでもらってやな』

「もうええわ…」

 僕は笑った。なんとなく。というかもう──笑うしかなかった。

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