1-2 桐山涼は謎な奴
自慢じゃないが、俺はまだ、クラス全員の名前と顔は把握しきれていない。そりゃあそうだろう、まだ入学してから一週間程しか経っていないのだから無理もないと思う。
だけどさすがに出席番号順に並んだ席順で、自分の隣の席の奴の名前と顔はすぐ覚えられる。というより、俺じゃなくてもこいつの顔と名前はもうクラス全員が把握しているんじゃないだろうか。
『桐山涼』は、とにかく目立つのだ。見た目が突飛だとか派手だとかそういうことではなく、そこにいるだけで人目を引く。至って普通の、少しばかり染めたダークブラウンの茶髪に学ランを着ている一学生なのにも関わらず。
まあ、学ランの上に載っている顔が尋常じゃなく整っているのが普通じゃないけれど。
「まさか隣から盗み見られるとは思ってなかったよ」
「ちょっと横向いたら見えちゃったからさ、視力が良すぎてごめんね」
悪びれもなく手をおざなりに合わせる動作をし、桐山はへらりと笑う。
「まあまあ、どうせ自己紹介カードなんて来週には冊子になってみんなの手元に回るんだからいいじゃん?」
ああ言えばこう言う、だ。しかも確信犯。まあ確かにこいつの言う通りではある。
数日後には全員分コピーされて、クラスに行き渡るはずの自己紹介カード。俺たちはさっきの総合の授業の終わり間際に、それを書いた。その項目にあった「好きな場所」という質問欄に、俺は「プラネタリウム」と記入した。さっきぽっと思いついた場所以外に、いい場所がすぐに思いつかなかったからだ。白紙提出というのもきまりが悪いし。
隣の席との間隔は三十センチくらいしかない教室の中で、桐山は俺の書いた内容を『見てしまった』らしい。
「プラネタリウムなら、いい場所知ってるよ」
「……は?」
突然、何を言い出したのかと思えば。
「しかも美味いご飯やらスイーツも出てくる」
「……?」
何を言いたいのかが分からず、俺は一瞬固まった。
プラネタリウムに美味い飯? スイーツ? ていうか、何故それを俺に言う。
俺は言葉を失ったまま、目の前のクラスメイトの真意を探ってみようとした。が、しかし。
結論から言うと、何も分からなかった。理解出来る出来ない云々の前に、俺と桐山にとってはこれが初めての会話なのだから。
分かるのはただ一つ。先ほどから周りの視線が痛いということ。女子だけではない、男子も含めた視線だ。
だけどその視線を気にする前に、すぐ横に居る、この訳の分からない美少年から発された言葉の意味を理解する方が先だ。これから席替えまでおそらく数か月、平日毎日机を並べるわけだし。何かあったら面倒だし、無難にやり過ごしたい。
「どういう意味だ?」
「君にぴったりな場所がある、って話さ。それに君、放課後に時間ありそうだし」
桐山は僕の机に右腕を、自分の机に左腕をかけた体勢のまま、コツコツと俺の机の隅を指で軽く叩いた。
「ほお? 放課後に時間がありそう……? そう断言できるわけは?」
突然断言されて少しぎょっとしつつ、俺は片眉を上げた。なんなんだ、こいつ。
「わざわざ早弁までして図書室にまで退避したのに、本を読むわけでもないし、ノートと睨めっこしたままほとんど動いてなかった。別に図書室に用事があった訳じゃないだろ? そもそもこんな時期にそんな動線するってことは、部活勧誘を鬱陶しいと思ってるんじゃないかってね」
「ちょっと待て」
俺は片手を挙げて桐山の言葉を止めた。
「さっき図書室にいたの、お前だったのか」
普通に気づかんかった。
「そう。ま、それはどうでもいいや」
桐山は言葉を切り、中途半端に僕を横目で見ていた姿勢を正した。姿勢を正した、というのは完全に体の向きをこちらに向けてきた、という意味だ。
身を乗り出されていないのに、乗り出されたような感覚がした。
「で、部活勧誘を避けるってことは残った可能性は二つ。すでに入る部活を決めているか――そもそも入らないか」
「……」
図星だった。まあ、そりゃそうなるわな。
「で、君の場合はどの部活も同好会も入る気ないだろ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます