印刷所の王子様

朝枝 文彦

一話完結

むかしむかし、海の真ん中の小さな島に、小さな小さな王国がありました。


王国には、海で魚を釣る人、畑で野菜を作る人、羊を育てて服を作る人が居て、

それぞれ自分が手に入れた物と、他の人が手に入れた物とを物々交換しながら

暮らしておりました。


そんなある日、王様は国民におふれをだしました。


「みなのもの、海の向こうではオカネというものが使われているそうだが

 これからは我が国でも使う事にする。

 王国が道路や橋を作るのを手伝ってくれたり、

 王国が運営する学校で先生をしてくれたり、

 王国を守る警察官や消防士になってくれたりしたならば、

 その分だけ、お城の印刷所でこしらえた、このオカネという紙を与えよう」


それを聞いて、国民達は戸惑いました。

「さて困った。王様はああ言っておられるが、

 道路や学校を作るのを手伝って、そのオカネという紙をもらったところで、

 食べてお腹がふくれる訳でもない」

「そうだ、あんな小さな紙じゃ、服にして寒さをしのぐことだって

 出来やしないじゃないか」


そんなわけで、国民達はなかなか王国のお手伝いには参加しませんでした。


その様子をみた王様は怒って、またおふれを出しました。


「これからは、毎月毎月このオカネを、決まった枚数、お城に納めてもらう。

 これは税金というオカネだ。

 もしこれを納めなかった者は、捕まえて牢屋に入れてしまうぞ」


これを聞いた国民達はびっくりして、牢屋に入れられてはかなわないと、

みんな王国のお手伝いをして、お城からオカネをもらいました。

そうして皆、もらったオカネの中から決まった枚数を

毎月税金としてお城に納めていきました。


さて、そんなある日、魚を釣る人が、自分の服を引っかけて破いてしまいました。

「ああ、やってしまった。服を破いてしまったぞ。

 このままでは寒いし、街を歩くのも恥ずかしい。

 服を作る人から新しい服をもらいたいが、

 昨日までに釣った魚はみんな食べてしまったから、服と交換する魚もない。

 さて、どうしたものか・・。」

魚を釣る人は、うんうんと考え、ある事を思いつきます。

「そうだ、この前王国が新しい井戸を掘るのをたくさん手伝って、

 たくさんオカネをもらったな。

 今月と来月の税金を払っても、少し余るぐらい手元にある。

 それに、税金はみんな払わなくてはならないのだから、

 みんなオカネは欲しいはずだ。

 だから、今回は魚と服ではなく、このオカネと服を交換してくれるよう

 頼んでみよう。」


そうして魚を釣る人がオカネを持って行くと、

服を作る人は快く、オカネと服とを交換してくれました。


魚を釣る人は思いました。

「いやいや、うまくいった。

 これからは、オカネと服も交換出来る事が分かったぞ。

 それにオカネは、魚のように大きくも重たくもないから持ち運びしやすいし、

 魚のように腐ることもない。

 オカネとは随分と便利なものだな。」


しばらくすると、国民達は同じように、オカネを、税金を納める事以外に、

魚と交換したり、野菜と交換したりする事に使い始めました。


そして国民達は、沢山王国のお手伝いをして、

沢山のオカネを手に入れて使ったので

王国は沢山のオカネが巡っている状態、

つまり「景気がいい」状態になりました。


また、取引が簡単になったので、色んなお店や、色んな職業も生まれていきました。


そうしてオカネを沢山持った国民達は、それを魚や野菜や服だけでなく、

新聞や宝石など、色々な物と交換して、どんどんと豊かになっていきました。


中には、オカネをもっと沢山稼いでもっと豊かに暮らす、

オカネ持ちも現れました。


さて、王様には一人息子の意地悪な王子様がいました。


王様と王子様は、あまり贅沢をせずに暮らしていたのですが、

王子様はオカネ持ちが豊かに暮らしているのが

うらやましくてなりません。


王子様は王様に、お城の中にある印刷所に命令してオカネを沢山印刷し、

自分たちで使おうと提案しました。


しかし王様は、王子様にいいました。

「よいか王子よ、今お前はオカネが欲しいと言っているが、

 なぜそう思うか分かるか?

 それは国民達が、みんなそれを欲しいと思っているからだ。

 ではなぜ国民達が欲しがるのか?

 それは、オカネが税金を納めるのに必要だからという事と、

 国民達が一生懸命王国のお手伝いをした代わりに、オカネをもらっているからだ。

 だからみんなオカネを、ありがたいものだと思っているのだ。

 王子よ、今自分が贅沢をしたいという理由だけで

 オカネを沢山印刷すれば、もうだれもオカネを欲しいとは

 思わなくなってしまい、今あるオカネはみんな、ただの紙切れになってしまうのだ」


しかしそう言われても、王子様はなかなか納得しませんでした。


困った王様は、オカネとはどういうものかを理解させる為、

王子様を印刷所のリーダーに抜擢しました。


王子様は最初は喜んだのですが、

オカネを印刷した枚数は王様から厳しくチェックされていたので

ごまかして自分のものにしたりは出来ず、

しばらくすると、つまらないと思うようになりました。


王子様は相変わらず、オカネ持ちがうらやましくてなりません。


なんとかオカネを手に入れたいと考えた王子様は

王様が作っている、オカネの印刷命令書に目をつけました。


オカネは、まず王様が「オカネを10枚印刷しなさい」と書いた

印刷命令書を書き、それが印刷所に渡されて10枚印刷される、

という仕組みで作られていました。


その様子について、王子様はこう言いました。

「印刷所は、10枚分の印刷命令書を受け取って、

 10枚のオカネを父上に渡している。

 これはつまり、

 印刷所が父上にオカネ10枚を貸しているということであり、

 父上が印刷所に、オカネ10枚の借金をしているということだ。

 父上の借金は王国の借金であり、返さなくてはならない」


王様は困惑して、お城の中でやりとりをしているだけなのに

一体どこが借金なのかと王子様をたしなめましたが、

王子様の主張は止まりません。


「そもそも、王国がこのように借金まみれになってしまったのは、

 国民から集めた税金で、無駄な道路をつくったり、

 警察官に無駄な給料を払ったりしたからだ。

 無駄な公共事業を、今すぐにやめなくてはならない」


王子様の主張は王国中に広まり、

騒ぐことが大好きな新聞屋さんが、

大きなものが叩けると、これに飛びつきました。


「王国の借金は今、一万枚もある。

 これは、国民1人あたり100枚の借金をしているということだ。

 このままでは、私たちの子の世代、孫の世代に

 借金を背負わせてしまうことになる」


税金を払うのが苦しいと思っていた一部の国民からも、

この流れに同調する人が出てきました。


「私たちが苦労して納めた税金が無駄に使われて、

 あげく王国が借金まみれになっているなんて許せない」


こういった声はどんどん広がり、ついに王国中が

「借金を返せ」「借金を返せ」の

大合唱になりました。


王様は、借金ではないということをなんとか理解して貰おうと

一生懸命説明してきましたが

心労がたたり、とうとう寝込んでしまいました。


これはチャンスだと思った王子様は、

王様に替わって政治をすることになった大臣をそそのかし、

国中のオカネを王国に集め始めました。


まずは、出て行くオカネを減らします。

橋を整備しなくなったので、橋が崩れ落ちて通れなくなりました。

ダムを作らなくなったので、洪水が起きました。

病院を減らしたので、病気になっても入院できなくなりました。

学校を減らしたので、文字の読めない子供が増えました。

消防士を減らしたので、火事が起きるとどんどん広がりました。

警察官を減らしたので、泥棒が沢山増えました。


さらに、税金を増やしました。

王国に住んでいる人への税金を倍に増やし、

働いたら税金、

道を歩いたら税金、

物を買ったら税金、

物を売っても税金、

何をしても、税金、税金、税金・・・


すると、王国で使われているオカネはみるみるうちに減っていき、

王国内はオカネがあまり巡っていない状態、つまり

「景気が悪い」状態へと変わっていき、

国民の持っているオカネはどんどんと減っていきました。


また、道を作る人やダムを作る人は仕事を失い、

その道具も、道具の使い方を知っている人も、

どんどんいなくなっていきました。


そしてついに、王子様の念願が叶い、国中のオカネはすべて回収されて

印刷所に返されました。


王子様は、オカネでいっぱいの印刷所で大喜び。


でも国民達は、昔使っていた

魚を釣る道具や畑を耕す道具を物置から引っ張り出し、

物々交換をしながら、貧しい生活を送っていったということです。


おしまい

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