窓辺 第21話

 ステラの一件を通してシャーロックは思い出すことがあった。いつか聞いたイーサンの言葉だ。

『誰かの価値観に踊らされて決めつけてしまい、自分で考えることが出来ない』

シャーロックはこの言葉をやっと真の意味で理解したと思った。ステラのクラスメイトも自分のクラスメイトも、彼女を地位や名誉で判断したのだ。

彼女の人柄を知ろうとせず決めつけ、いじめていた。

嫌いなものをそんな風に判断する人間は、好きなものを判断するのも同じようにする。

つまり彼らがシャーロックを好きな理由は、彼の人柄を見ている訳では無く、彼の地位や名誉を見てのことだった。

いつも一緒に居た友人すらそうだった。

もはや友人とは思えない、ただのクラスメイトだ。

シャーロックはそんな人間にはなりたく無かった。

イーサンが大嫌いと言った人間には。

この一件をきっかけにシャーロックは誰かの価値観に踊らされずに、自分の好きと嫌いを決めることに固執するようになる。

常に公平な目で世界を見ようと努めた。そして好きなものにはとことん情熱を注ぎ、徹底的に調べ上げた。

逆に嫌いなものは記憶にも留めなかった。

自分で考えて決めた自分の好きと嫌いを明確化する為に。

このシャーロックのこだわりは、手本にしたく無い者だけで出来ていると言っても過言では無いこの学校で過ごすうちに、大きな歪みとなってシャーロックを変えた。

そうしていつしかシャーロックは、興味の無いことは本当に一切覚えていられなくなった。

シャーロックは自身の歪みに気付きながらも、それを抱えて時を過ごした。

五年間、見栄っ張りの集まる学校で、自慢のタネであり続けたシャーロックは常に人に囲まれて過ごした。

自分に群がる人間をどこか薄ら寒い気持ちで見ながら。

最後に心から笑ったのはいつだっただろうか?

身長が伸びて窮屈になったベッドに寝そべりながら、今日も窓越しに星を見上げる。

あの頃のときめきも上手く思い出せなくなっていた。

シャーロック二十二歳、一流校を首席で卒業した。





 城のように大きな建物の大きな鉄製の門扉に、黒い服に身を包んだ男が近づく。胸元に青い石の嵌め込まれたブローチをつけていた。その石は、太陽の光を受けてキラキラと輝き、紫色に変化する。

神父だ。紫の石、ヴィオラズリをつけているのだから間違いない。

冷たいような厳しいような、鋭い瞳がやけに印象的だ。しかし、その瞳にも顔にも何の感情も写されてはいなかった。





 長身痩躯の若い男が、椅子に浅く腰掛けてピアノを弾いていた。アーチ状の天井が音の波を絶妙な角度で跳ね返し、広い部屋を美しい旋律で満たす。

その部屋にはピアノが一台置いてあるのみで他には何も無かった。

男がピアノを弾くさまはさながら一枚の絵画のようで、どこか神聖ささえ感じさせる。長いカーテンのかかる大きな窓から注がれる光が男の整った横顔に落ち、濃い影を作っていた。

「シャーロック様、お客様です」

部屋でピアノを弾いていたシャーロックの元に使用人がノックをして入って来る。ピアノの音が止まった。

呼ばれたシャーロックはゆっくりとドアを見る。

「僕にお客さん?お父様にじゃなくて?」

そう不思議そうに尋ね。

「はい。シャーロック様にです。神父のようなのですが、シャーロック様とお知り合いだと言っています」

使用人は、追い返しますか、と続ける。

「いや、良いよ、会ってみよう」

シャーロックは鍵盤に赤いフェルト製のカバーを被せてピアノを閉じると、部屋を後にした。





 

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