窓辺 第20話

 シャーロックは一日の日程を全て終えると、取り巻きたちを上手く撒いてステラを探していた。

迷惑になるのは嫌だから関わるなと言った彼女に、迷惑などとは思わない、自分の友人ぐらい自分で決めると言おうと思ったからだった。

 シャーロックが二年生の教室を一つひとつ見て回っていた時、中庭から複数人の高い声が聞こえて来た。

「早くお辞めなさいよ、ここは貴方のように下品な下民の来るところじゃありませんのよ!」

シャーロックが二階の窓から声のする方を覗くと、そこにはステラを含めた六人の男女がいた。

ステラは頭の天辺から足の先までずぶ濡れだ。近くに空のバケツが転がっている。

他の五人は彼女壁際に追い詰め、半円になるように広がって取り囲んでいた。友人の正面に立っている女子生徒が、転がっているバケツと同じようなバケツを持っている。

シャーロックは驚いて、声をかけようと身を乗り出した。すると、

「こんなことをやる方がよっぽど下品だと思うんだけど、そういう事考えたこと無いの?お嬢様?」

ステラは濡れて額に張り付いた髪をかき上げながら言う。

「はぁ⁉︎爵位を金で買うような成金が偉そうなことを言うな!」

少年が大きな声で叫んだ。

「ああ、うるさいなぁ。大きな声は出しちゃいけないんじゃないの?坊ちゃん、」

ステラは挑発する様にそう言う。

「もう良い?アタシ、アンタたちの下らない話に付き合ってあげるほど優しくないんだ、」

そう言うと、ステラは自身を取り囲む生徒を押しのけた。

「キャア‼︎」

ステラが正面に立っていた少女の横を通った時、その少女から悲鳴が上がる。

「ちょっと‼︎靴が濡れてしまったじゃない‼︎」

少女は横を通るステラの肩が軽く当たった時にバランスを崩して、自分が手に持っていたバケツをひっくり返してしまったのだ。

「なんて酷いことをするんだ!先生に言いに行こう、」

近くに立っていた少年は怒ったようにそう言うと、走って行ってしまう。靴が濡れた少女は泣き出してしまっていた。

「なんてくだらない、」

それを見ていたステラは短くそう言うと、さっさとその場から立ち去って行く。

シャーロックはその様子を、肩肘をついて愉快そうに見つめていた。

この後、二人の運命が大きく変わることも知らずに。





 「退学⁉︎」

広い食堂に驚いた声がこだまする。声の主はシャーロックだった。温和な彼が大きな声を出すにはそれなりの理由があった。

「どう言うこと?ステラが退学だなんて、」

少年は信じられないと言う表情で、同級生に問いかける。

「同じクラスの女子生徒に水をかけたらしいですわ」

「ええ‼︎そんなことを⁉︎怖いわ、やっぱり野蛮な子だったんですわね、」

「退学になって良かったわ」

取り巻きたちがわいわい騒ぐ中、シャーロックは信じられないという顔をしていた。

「足がちょっと濡れただけじゃないか、それに、彼女はかけてなんかない!それなのに、、」

視線を右に左に忙しなく動かすと、勢いよく立ち上がる。そして、昼食もそのままに弾かれたように走り出した。

後ろから驚いた声が聞こえたが、そんなのを気にしてはいられなかった。

 シャーロックはステラを探して学校中を走り回った。どこにも居ない彼女に、もしやと思い屋上へ向かう。ステラはベンチに寝転んで目をつむっていた。

「はぁ、はぁ、、、居た」

少年は息を切らしながら少女に近づく。シャーロックが立ったことで太陽が遮られ、ステラに影が落ちた。少女はゆっくりと目を開ける。

「あれ?シャーロックじゃん、どうしたの?」

ステラは一瞬驚いたような顔をした後、起き上がってシャーロックに席をすすめた。

「どうしたのじゃないよ!君、退学になるって、」

シャーロックは素早く隣に腰掛けると、眉を下げて言う。

「ああ、そのことね、」

「あれは完全に事故だよ!君は水をかけてなんかいない。むしろ、君の方がずぶ濡れだった、」

シャーロックの言葉にステラは意外そうな表情を作った。

「見てたの?」

「たまたまね。君に、迷惑なんかじゃないから友達でいて欲しいって言いに行こうと思ってたんだ」

「ふ、なにそれ、」

ステラはクスリと笑う。

「僕が証言するよ、君はあの子に水なんかかけて無いって、ただの事故だったって‼︎」

シャーロックは立ち上がると、ステラの手を掴んだ。

「行こう、ステラ!」

そう言ってステラの手を引く。しかし、ステラが立ち上がることは無かった。

「ありがとシャーロック。でも良いんだ、退学出来て清々してる」

そうさっぱりと言う。

「元々親に言われて嫌々入ったんだ。本当は別にやりたいことがあったのに、」

 ステラは上目でシャーロックを見上げた。

「言ったこと無かったけど、アタシ、兵士になりたいんだよね。弱い立場にいる人たちを守りたい。十五歳から兵士になれるでしょ?もう後一年も無い。でも、ワザと退学になったり、辞めたりしたら親に悪いでしょ?だから、その前に退学出来て良かった。それに、ここの空気はどう考えたってアタシには合わないしね、」

そう言って笑う。シャーロックは眉を下げ、口を歪めてそれを聞いていた。

「、、君の、その考え方はすごく立派だと思うよ、応援する。でも、今回の退学理由は絶対におかしい、納得出来ない。君が有りもしない不名誉なレッテルを貼られたままこの学園を去るだなんて耐えられない‼︎」

シャーロックの瞳が揺れる。

「君は、こんなにも素晴らしい人なのに、何も知らない人たちが知った風に君をバカにするなんて、そんなの、そんなの、」

首をゆっくりと横に振る。

「僕には耐えられない、、」

雫がシャーロックの白い頬を伝った。ステラはそれを見て困ったように眉を下げ、そっと笑う。

「アンタは本当に良い奴だね、アンタと友達になれてアタシは幸せだよ」

ステラはシャーロックの背を叩いた。

「ありがとう」

その言葉と、満足そうな微笑みを最後に、ステラと会うことは無かった。

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