窓辺 第10話

 あれからイーサンは自分の部屋へ急いで戻ると、父親に見つからないように外に出てきた。

「ごめんなシャーロック、迎えに行けんくて」

イーサンはシャーロックの顔を見るなりそう言って頭を下げる。

「大丈夫だよロシュが居たし、イーサンこそ大丈夫?」

そう笑って答えた後、イーサンを気遣った。

「あーまぁ、いつものことやし、お父さんは凄い医者なんは間違いないんやけど、すぐ決めつけんねん。お父さんは世間の言葉に踊らされとって、スクラップタウンにはろくでもない奴しか居らんと思ってる」

少年の言葉に段々と力が入る。

「話したことも無いくせに決めつけてロシュをバカにすんねん。あそこに居る奴等が一体どんな気持ちで生活しとるか知りもせん、知ろうともせん。

顔も知らん誰かの言った言葉を鵜呑みにして、その価値観にがんじがらめになっとる。

だから俺の話しも碌でもないって決めつけて聞こうともしーひん、

俺はお父さんを凄い医者やとは思ってるけど、人間としては嫌いや!

自分で考えようとしーひんとこが大っ嫌いや!」

イーサンは腹立たしげに言うと足早に歩き出した。足を踏み鳴らして怒りを露わにする少年の後を追いながらシャーロックは先程の言葉を反芻する。

父親に対して尊敬と嫌悪が入り混じるというのはどのような感じなのか、シャーロックには見当もつかなかった。

自分で考えようとしない人間が嫌い。イーサンはそう言った、

僕は?

僕は自分で考えられているのだろうか、イーサンに嫌われていないだろうか、

一抹の不安がシャーロックを襲う。

しかしすぐに考えを改めた、今一緒に居ることが何よりの答えだと思ったからだ。

ロシュは先頭を歩くイーサンに聞こえないくらいの声でシャーロックに話しかける。

「イーサンはああやってスクラップタウンにも良い奴が居るって言うけど、実際そうは居ない。あんなとこにいて良い奴のままで居るなんて不可能だ」

赤毛の少年は先を歩く友人を見た。

「俺は自分のことをろくでも無い奴だと思ってる。救いようが無いって、だからイーサンの父親の言うことに間違いは無いと思う。

俺だって、イーサンは俺なんかと付き合わない方がいいと思ってる。でも、イーサンは俺のことを碌でもない奴だとは思って無いんだ。

俺でも自分のことはそんな風に思えないのに、、アイツだけは俺をサイコーな奴だって言うんだ」

ロシュは静かに笑った。

「イーサンはよく俺のことをこんなに面白いもの無いって言うけど、俺の方がアイツより面白くて、サイコーに変なものは無いと思う」

そう言って視線をシャーロックに移す。

「あぁ、お前も相当変だったな、」

ロシュはシャーロックの背を力強く叩いた。





 仲間を一人増やし、大きな川まで戻って来た三人は、小石の転がる川辺を歩く。

「シャーロックはちょい待っとって」

イーサンはそう言うと、ロシュと共に鬱蒼と生い茂る草木の中へと入って行ってしまった。

ぬかるんだ地面に足を食い込ませながら二人が引っ張って来たのは小さな舟だ。

「わ、」

シャーロックは小さく嘆息する。

「これで川、渡んで」

イーサンの言葉に、シャーロックはその金の瞳を輝かせた。


 反対岸に着いた事で、温室育ちのシャーロックにとって最高にスリリングな舟の旅が終わる。あんなにたのしいのは生まれて初めてだった。

はしゃぎすぎて濡れてしまった上着をパタパタと仰ぎながら二人について行く。ロシュに言われた中流階級の町を抜けると、むき出しの地面の道に出た。

石畳の敷かれていない、ただの地面だ。

中流層の町も見た事のない形態で、こんなところに人が住むのかと衝撃的だったが、この町並みはそれよりももっと衝撃を受けるものだった。

土の見える地面、それが見えないほど散らばっているゴミ、そのゴミの放つ強烈な悪臭。

シャーロックは眉間に皺を寄せて思わず鼻をつまむ。しかし、その顔に乗っているのは抑え切れない笑みだった。

彼にとっては、そんな最悪を思わせるものでもワクワクの一つに過ぎなかったのだ。

「こっちや!」

イーサンはシャーロックの手をぐいぐいと引っ張って進む。

「わ、待ってよイーサン、」

舗装されていない凸凹の道に慣れないシャーロックは足をもつれさせた。

と、何かに足を取られる。体は傾き、自分ではどうする事も出来ない。みるみる近づく地面にシャーロックは顔を強張らせた。衝撃に備えてキツく目を閉じる。

だがいつまで経っても衝撃はやって来なかった。

それどころか傾いた体が持ち上げられる感覚がして、そのまま歩き続けることが出来た。

「イーサン危ない。シャーロックが転ぶとこだった」

ロシュはイーサンに握られていない方のシャーロックの手を引きながら言う。

「え!ごめんなシャーロック」

緑の目をした少年はシャーロックを振り返ると少しペースを落としてそう言った。

「ありがとう、ロシュ」

シャーロックはお礼を言う。

「ん、もうすぐ着くから」

そう言ってロシュは手を離した。

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