窓辺 第4話 

 二階にある半月型のバルコニーがある窓から差し込んだあたたかな光が、部屋を優しく包む。

窓際の壁に寄せて置かれている豪華な机に少年が座っていた。少年はブラウンの髪をしており、少し癖のある猫の様な柔らかな毛を揺らしながら勉学に勤しんでいた。

少年は手首にフリルの付いたドレスシャツに赤いベスト、胸にはレースの装飾が美しいジャボをまとっている。

横には黒いスーツを着た先生らしき大人が立っていて、少年の書く文字を見つめていた。

部屋は広く、入口から向かって右の壁に暖炉、その上には本物そっくりの斧とレイピアが飾られている。

子供一人は余裕で入れてしまう様な暖炉と窓の間には少年の座る机。

暖炉の正面で入口から左手側にはローテーブルと、それを挟むようにソファが二つあり、入口と窓がある方の壁にそれぞれ背を向けていた。

そのさらに左、部屋の奥には立派な天蓋付きのベッドが鎮座している。

「シャーロック様、文字が乱れて来ていますよ」

少年の手元を覗き込んでいた男が硬い声で指摘した。

「ぁ、」

シャーロックはペンを持ち直すと意識して再度文字を書く。ずっと美しい字を書き続けるのは中々に大変だ。難しい問題に直面すれば尚のこと、字に構っていられなくなる。

少年には今日も今日とて予定が詰まっていた。

普段の勉強やお稽古に加えて、健康診断まであるのだ。更に言えば、診察をしてくれる医者の息子との挨拶まである。

その様に忙しかったとしても、いつもの勉強量が減る訳でも無い。シャーロックはギリギリの時間まで算術の授業が入っていた。

 ふんわりと花の香りを含んだ風が窓から吹き込んで来て、少年の髪をゆらゆらとなびかせる。風は、その香りと共に車の音を運んで来た。

停車したのだろうか、キッと短い音がしたと思ったら、続けて家の扉が開く音が聞こえる。

これはきっと、医者がやって来て出迎えられているのだろう。

そろそろ健康診断に向かわなくては行けないなと思っていたシャーロックの耳に女性の悲鳴が聞こえた。

声からして母親だろう。

シャーロックは驚いて窓を見る。

半月型の小さなベランダに置かれた植木鉢越しに外の様子がよく見えた。

黒い鞄を持った医者らしき男は顔を青ざめさせてオロオロしており、悲鳴を上げたであろう母親は腰を抜かしたのか地面にへたり込んでいた。

側仕えの侍女が母親に寄り添う。

玄関の警備をしている男たちが走りながら大きな声を上げていた。その視線の先には、シャーロックより少し大きい少年。ケタケタと笑いながら警備から逃げている。

少年は白いシャツの袖を肘までまくっていて、横を刈り上げた短い黒髪をぴょこぴょこと揺らしながら走り回っていた。

少年は、視線に気づいたかのようにシャーロックの居る窓を見上げる。

燦々と輝く太陽の光を吸い込んだその緑の瞳は、春に萌え出た若葉の様に瑞々しく、宝箱の中の宝石の様に美しかった。刹那、目が合うのを感じた。

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