窓辺 第3話

 「イーサン‼︎どこに居る!」

豪邸とはいかないが、それなりに大きな家で中年と言うには少し若い男が叫ぶ。

広いリビングにはモダンな黒い机があり、椅子が三脚並んでいた。

壁には実物大はありそうな、大きな人物画がさがっている。

キャンバスの中の人物は、草原で黄色いワンピースを着た黒髪の女性だった。

すぐそばには柱時計。

時刻は午前十時を指している。

その時計の反対側には半六角形の出窓があり、整えられた庭が見える。

背の高い向日葵が、太陽に向かって気持ち良さそうに伸びをしていた。

男の声が虚しく家中に響く。

呼びかけには誰も応じなかった。

「あのバカ息子、どこに行った!今日は挨拶も兼ねた診察だというのに、まさかまた、、」

男は腹立たしげに言うと、息子を探すために外へ出る。

向かった先は人々の格差を象徴する街、スクラップタウンだった。

住む場所はおろか、名前すら無いような、ならず者たちの集まる法律の通用しない街。

そこにある小さな広場のひとつから楽しげな声が響いてくる。

家と呼ぶのかも怪しいような、錆びて赤く変色したトタンのツギハギだらけの荒屋に囲まれたその広場には、薄汚れた服を着た子供たちが男女問わず遊んでいた。

男は走り回る子供たちの間を突っ切ると、尋ね人まで一直線に進む。

息子は大声で走り回っていた。

「イーサン‼︎こんなところで何してる‼︎」

父親は大声で怒鳴りつけると子供たちの中でも一番小綺麗な格好をした息子にさらに近づく。

イーサンは白いシャツに、膝丈の短い灰色のズボン、同じく灰色のベストを着ていた。

しかし、身につけた服は、砂で随分と汚れてしまっている。

「ゲッ、お父さん!」

緑の目をした少年はしまったという表情を浮かべた。

忙しなく動いていた足も今は止まってしまっている。

「こんなゴミ溜めに行くなと何度言えば分かる‼︎お前は医者の子なんだぞ!コイツらとは住む世界が違う!それに今日はお前が医者になった時、貴族の専属医になれるように挨拶をしておく日だと事前に言っておいたはずだ!」

父親の凄い剣幕に、騒いでいた子供たちは散り散りにどこかへ行ってしまっていた。

残ったのはイーサンと彼と同じ歳ぐらいの赤毛の男の子だけだった。

「せやから俺はアンタみたいにはならへんって何べんも言うてるやろ!」

イーサンが怒鳴る。

「親に向かって何だその口の利き方は!大体何なんだその喋り方は、普通に話せ!」

父親はイーサンの喋り方を注意した。

「どうやって喋ろうが俺の勝手やろ!」

「やめろ、みっともない!こんなところに出入りしてるからそういう考えになるんだ!

いいか、そこに居る薄汚いガキとお前は何もかも違う!いい加減目を覚ませ!」

父親は赤毛の少年を指差して言う。

当の少年は興味なさげに爪をいじっていた。

「っ‼︎ロシュをバカにすんな!」 

そう言って父親に飛び掛かろうと走り出す。

ブワリと土埃が舞い上がった。

「イーサン」

ロシュと言われた赤毛の少年が呼びかける。イーサンは動きを止めるとそっと振り返った。

赤毛の少年はゆっくりとイーサンに近づく。

「行って来いよ、そんで貴族の家の話聞かせてくれ、」

「は?お前そんなんに興味無いやろ?」

緑の瞳の少年は眉間に皺を作る。それを聞いたロシュはニヤリと笑うとイーサンの耳元に顔を寄せた。

「まぁな、でも、なんか悪さされた時の反応には興味ある」

それを聞いたイーサンも同じようにニヤリと笑う。

「分かった、この街育ちのロシュに上流貴族ん暮らしぶり教えたるわ、絶対びっくりすんで」

イーサンはそう言うと大人しく父親に着いて行った。

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