1999匹めの芋虫だから

戸森鈴子(とらんぽりんまる)

1999匹めの芋虫だから


 迎えまでの間に、死体辞典なんてものを私は見ていた。

 人の死に方とか写真なんか集めた本。


 わざわざ固いケースに入ってて……辞典っぽさを醸し出してるつもりかな。

 私は、それを国語辞典と漢字辞典の隣に差し込んだ。


 携帯電話が鳴った。

 呼び出しの音。

 一軒家はもう静まり返ってる夜中。


 もう支度は出来ているんだ。

 でも私は左腕をまくって、右手の尖らせた爪で強く強くえぐった。


 鈍い痛み……じわりじわり……と滲む血。


 ただのファッション。

 血が着いてた汚い包帯も巻いて、私は静かに家を出る。


 この黒いワンピースに、黒い丸っこい革靴に似合う小さなトランクバッグ。

 中には携帯電話とピアッサーとカミソリ、あと万札が何枚か。


 バッグも短い黒髪もぐるぐる振り回して夜道を少し歩けば、お迎えのバイク。


「やほぉ」


 金髪ピアス男のお出迎え。

 これが高級外車の執事の迎えだったら、私も少しは物語に浸れたかもしれない。

 でも結局はただの、どっかの町の陳腐な話。わかってるわかってる。


 そして今日も着いた、高層マンション。


「ねぇ、帰りに酒飲んで送るのはやめてよ」


「なんで」


「お前と心中したくないからだよ」


「猫娘が生意気な口聞くな」


「じゃあ、お前は送迎一反木綿かな」


 一反木綿がイラついて、マンションの植木を蹴り飛ばした。

 汚い送迎一反木綿。


 私は高層マンションに鍵を使って入って、そのまま真っすぐベッドルームへ。

 うがいもしない手も洗わない。めんどい。


「あぁ……待ってたわ……切ないの……」


 ベッドの上には、火照った顔をした黒髪ロングの女。

 見た目は清楚系なのに、なんて淫らな格好をしているんだろう。

 ベビードールを着て、腰を持ち上げている。

 もう、光って垂れてる。


「病気だね」


「病気よ……どうにかして……」


 傷心のお嬢様、可愛い可愛いお嬢様。

 ちょっとペロペロしてあげたら、私の舌にハマちゃった。


「怪我……してるの?」


 私の包帯に気付いたお嬢様。


「そう……傷を舐めてくれる……?」


「嬉しい……」


 お嬢様は私の傷をペロペロ舐める。

 他の部分なんか、舐められたくない……。


 でも、この子は私にがっつり差し出してくる。


 ヌルヌルしたネロネロしたものを、私に慰めてほしいと。


 ペロペロ……猫娘なんかじゃないよ、一反木綿。


 身体を曲げて傷を舐めさせて私も舐めあっていると、まるで自分がグニョグニョの芋虫にでもなったみたい。


 ペロペロ……お嬢様の上を這う芋虫。 


 芋虫みたいな柔らかい動物になって二人で……溶け合って、脳みそも溶けていくみたい。


「あ……!」


 お嬢様の一回目の儀式は終わる。

 でもこれが何度も何度も何度も朝まで続く。

 どうしてお嬢様は、この世に無数にある舌のなかで私を選んだのかな?

 

 あの一反木綿の舌じゃダメだったの?


 なんで私なの?


 これは愛情なのかな?

 いや、金の関係……ただの。


 ここからこの芋虫二匹はどう、飛び立っていくんだろう?


 私はこの人を快楽で、舌でコロコロ転がしてる。

 この人は私を金でコロコロ転がしてる。


 みんな誰かの手のひらで転がっているんだろうか。


 コロコロ転がされる芋虫。

 無数にいるなかの1999匹目の芋虫。


 転がっていたいのかな?

 舐め合っていたいのかな?


 私は――。


 ――なんだか誰かと、手を繋いでさ――


 一瞬見えた願望。


「……どうしたの?」


「……なんでも」


 お嬢様の唇に舌を差し込んだ。

 うるさい事を言い出す前に――。


 あなただけ羽根を生やすなんて許さない。

 それをお互いに思ってる気がした。


「私達はずっとこのままで、いましょうね」


 ベッドの隅で横になった私を撫でるお嬢様の声が、聞こえた気がした。


 恥部にアゲハのタトゥーをしてるクソ女が何を言ってるんだろうと思いながら舐め疲れて……私は眠れない脳みそをなんとか宥めていく……。


 芋虫のままでいい。

 芋虫のままで眠ろう。

 だって……。


 ノストラダムスどうかどうかお願いね。

 もうすぐ七月だよ。

 

 お願いね、お願い。


 お前の言う通りに世界を滅亡させろよ





















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1999匹めの芋虫だから 戸森鈴子(とらんぽりんまる) @ZANSETU

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