私の彼の話

温故知新

私の彼の話

『お前って、そういうところない?』

『そんなの、あるはずないやろうが!』



「アハハッ!」



ローテーブルの下で心配で震える両手を強く握りながら、テレビの前で彼の一世一代の晴れ舞台を観る。


そう、私の彼はお笑い芸人。そして、幼馴染。


彼の母親と私の母親が大親友でご近所さんだったこともあり、彼とは頻繁に会っていたし遊ぶことも多かった。


そんな彼は、幼い頃からお笑いが大好きで、一緒に通っていた幼稚園・小学校・中学校では、常にクラスのムードメーカーとしてクラスの中心人物として盛り上げていて、中学校の文化祭では友達と漫才をしたことがあった。


彼とは、高校進学をきっかけに疎遠になっていたが、私が社会人として働き始めた頃に行われた中学校の同窓会で彼と再会した。


再会した彼は体格や体格がすっかり大人になっていたが、お笑いに対しての情熱はあの時のままだった。


そんな彼を眩しく思えた私は、同窓会で再会した後、彼の出るお笑いライブに通うようになった。

信頼している相方さんと共に来場したお客様を自分たちが考えた笑いに引き込む彼の姿に、何時しか惹かれていった私は、紆余曲折あって彼の隣で支える立場になった。


そして今日、彼にとって目標のひとつであった大きなお笑いコンテストの決勝戦である。


彼と長年、同棲している部屋から彼を見送る時に、彼から『俺たちが優勝したら、お前に伝えたいことがある』と真剣な面持ちで言われた。


何を言われるのか予測はつくけど、敢えて期待しないようにしている。


そして今、彼と彼を信じて今まで付いてきてくれた相方さんが紡ぐ漫才に、いつものように声を出して笑った。



『もうええわ!』

『『 どうも、ありがとうございました!!』』



漫才を終えて深々と頭を下げる彼と相方さんに、労いを込めてローテーブルの下で組んでいた両手を解いて拍手を送った。


彼が進む道がどんなに険しいものなのか、遠目でしか分からない。

実際、リモートで彼と相方さんがネタ合わせしている場面を何度も見たことはある。

でも、2人のお笑いに対する情熱を目の当たりにする度に、私は静かに見守る事しか出来なかった。

それでも、願わずにはいられない。


テレビ画面に向かって一頻り拍手を送ると、ローテーブルの上に両肘を付けて両手を組み直すと、組んだ両手に額を寄せた。



「どうか、彼の信じた熱意が届きますように」




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