ありったけの気持ちをラブレターにこめて

尾岡れき@猫部

ありったけの気持ちをラブレターにこめて


 卒様式は3/12。ホワイトデーでお礼をする前に、先輩は卒業をしてしまった。お礼と気持ちをこめて、クッキーを焼いたのに。でも、人気者のあの人は、俺が話しかけるより早く、色々な人に取り囲まれていた。


 ――日頃の感謝と特別な気持ちをこめて、ね。


 バレンタインデーの時に言われた言葉が、頭のなかでリフレインして、残響音がこびりつくいたまま今日を過ごす。


「どうしたの?」

海崎かいざき?」


 クラスメートに声をかけれれて、気が抜けてしまったのか。気付けば、彼にクッキーを渡していた。


「へ?」

「いや、渡すつもりだったけど。渡せなかったから。ムダになってもいけないし、食べてよ?」


 そう言って、僕はクッキーの袋を開ける。糖分と、このタイミングで声をかけてくれた彼のおかけで、唇が少しだけ軽くなっていたらしい。

 食べながら、彼のクッキーを食べる手が止まった。


「紙屋?」

「あ、気を遣わなくても良いから。もう終わったことだし。ほら、俺って口下手だからさ。どうも、言葉にしずらくて。大切な想い出として、しまっておこうと思って」


「別に口で伝えることが全てじゃないと思うんだけど?」

「……そ、それは。俺も分かってるよ。その、俺だって足掻いてみようと思ったんだ。その、笑うかもしれないけど。ラブレターを書いてみようと思って」

「うん」

「ラブレターって一夜明けたら、もう一回、読み返せって言うでしょ? 読み返したら、ムリってなって。結局、出せないままになっちゃった」


 沈黙。パリパリと俺が齧るクッキーの音が響く。時短じたん料理研究会で作ったアイスボックスクッキー。このクッキーのレシピ、先輩と一緒に作ったことを思い出す。あぁ、とため息が出る。やっぱり、そう簡単に忘れられない。クッキーの甘さが口に広がるのを感じながら、そう思う。


「あのさ、紙屋? そのラブレターだけど、文芸部にプロデュースさせてもらってもいいかな?」









「あ、あの。よろしくお願いします!」


 顔を真赤にしながら、文芸部の下河しもかわさんは頭をペコリと下げた。その隣で、彼氏の上川かみかわ君も一緒にペコリと頭を同じように下げる。その視線は、下河さんを優しく見守る。この間も、二人はまるで手を離さない。


(何を見せられているの、コレ?)


 なんでこうなった、と俺は頭痛がする思いだった。むしろ頭痛が痛いと間違った表現を吐き出したい。


 もう区切りを自分のなかにつけたはずなのになぁ、と思う。


 だって、先輩はもうこの学校にいないのだ。それなのに、ラブレターをプロデュースされても、と思ってしまう。ことさら恥の上塗りをしなくてもと思ってしまうのだ。


 いいから、いいから。と海崎にニコニコして言い切られて今に至る。その海崎が同席してくれないのも、釈然としない。


 ――文芸部がプロデュースって、海崎じゃないのかよ?!(小声)

 ――え? だって、僕は異世界ファンタジーとか、俺tueee系が専門だし。自分の恋愛のこともよく分かってないし。恋愛系は下河が得意だから、さ。(小声)

 ――でも下河さん、彼氏いるじゃん。流石に気まずいって、言うか(小声)

 ――あぁ、そこは大丈夫。彼氏同伴だから(小声)

 ――はぁぁぁ?!(大声)


 そして今に至る。


 校内でも有名なバカップルの二人だ。二人だけの世界になることもしばしば。誰も間に入り込めない。クールな上川君を、図書室の王子様と影で慕う女子も多い。一方の地味系だった下河さんも、可愛い系お姫様にモードチェンジしていた。これが恋のなせるワザなのかと傍観していた。


「それじゃ、早速ですね」


 ぐっと拳を作って、気合いをいれる。

 今回のプロデュースをされるにあたって、出された条件は三つ。


 一つ。以前書いたラブレターがあれば持ってきてほしい。

 二つ。下河さんは上川君と同席が希望。

 三つ。クッキーを焼いてくるように。先輩用と、講師用それぞれに分けて。


 しょうがなく、飲み込んだ。未練がないワケじゃない。自分のなかでも気持ちを伝えられるのなら、やっぱり届けたい。そう思うぐらいには、先輩のことがやっぱり好きなんだ。


 無言で。一枚、一枚、俺の書いたラブレターを読んでいく。二人とも、頬を朱色に染めることはあれど、からかうことは一切なくて。


 ただ、肩を寄せ合って。二人で片手ずつ、手紙を取り読んでいるの何なの? 

 二人とも、同じタイミングで読んで、まったく同じタイミングで読み終えるんですけど?!


 と、間で下河さんがクッキーに手をのばす。

 サクッっと咀嚼する音が聞こえた。


 見れば、上川君が下河君に食べさせてもらっている。今度は上川君が下河さんに。 

 君ら、何なの? ごく当たり前のように、食べさせあっているんですけど?!


「すごく美味しいね、紙屋君。このクッキー、レシピ教えてもらって良い?」

「あ、うん。そりゃ――」

「今度は私が焼いてみるね、冬君」

「それは楽しみ」


 彼はニッコリ笑ってそう言う。下河さんの目を見ながら、優しく包み込むように。

 そんな二人を見て、ハッとする。


 ずっと先輩を見ていたのに。肝心な時には臆病になって。目を逸らしていたんだと思う。 過去に書いて、出せなかった数枚のラブレターを見やりながら、妙に胸が苦しくなった。気持ちを真正面から晒す二人との差を見た気がした。








――いつからだったんだろう。時短料理研究会の縁の下の力持ちだった先輩の力になりたい、そう思っていました。

――先輩は、呆れるかもしれません。そんな感情で見ていなかったって。

――学園祭の実行委員会で、一緒になれたの本当に嬉しかったんです。

――先輩を例えるなら、真夏に咲く向日葵のようで。太陽のほうを向いてまっすぐに。

――月のない夜に。月のない昼間でも。先輩こそが月だと思えるくらい、ずうと見惚れていて。

――先輩が好きです。ずっと好きでした。

――先輩と一緒にいる時、素顔で笑える気がするんです。









「どれも情熱的だって思いました」


 下河さんは、ペッドボトルのレモンティーに口をつけた。


「冬君はどう思った?」

「俺の感想言ってもいいの?」

「冬君と一緒に考えたいって思ったから。海崎君にもそう伝えたよ?」


 そういうことか。今さらながら、海崎の言葉を思い出す。あの二人、甘くて重いかもしれないけど、二人で真剣に考えてくれるはずだからね。そう微笑んで。


 本来なら、バカにされてもおかしくないと思う。片思いの気持ちなんて、他人から見たら好奇ゴシップ失笑コメディでしかないから。


「想いは溢れているし、伝わると思う。でも、本当の気持ちが隠されている気がする」

「へ?」


 俺は目をパチクリさせた。


「多分だよ。俺にはよく分からないんだけど。本当の気持ちを、言葉でごまかしている気がして」

「へ? へ?」

「うん、私も同意見」


 コクンと下河さんが頷いた。


「それじゃぁ冬君なら、どうする?」

「あぁ。あのさ、俺たち、友達でいることに必死な時期があったよね?」

「うん。あったね」


「あの時、ふとした瞬間、自分の気持ちが漏れてしまって。この関係が終わってしまうって思ったんだよね」

「……ごめん、聞いていいのか分からないけど。その時、上川君は何て言ったんだ?」


 俺の不躾な質問にも、上川君はイヤな顔一つせず、微笑む。


「もう一回、言おうか?」

「私は何回でも聞きたいよ?」

「……下河雪姫さん、聞いてくれないか?」

「うん」

「俺、雪姫のことが好きなんだ」


 ストレートな物言いに、聞いているこっちが真っ赤になった。下河さんは、コクリと頷いて上川君に何かを囁く。この言葉だけは、他人に聞かせたくない。そう言いた気で。


 ――私も、冬君のこと大好きだよ。

 でもね。しっかり聞こえているからね?





「えっとね、何が言いたいのかと言うと、一番大切な気持ちを強く伝えた方が良いと思うんだよね」

「へ?」


「長くね、思っていた感情の羅列や比喩表現も良いんだけど。どれだけ好きなのか。どれぐらいその気持ちが強いのかを、まず表現すべきだと思うの。そのうえ理由。それからエピソードを書いて、最後にもう一回結論を書いてみたら、どうかな?」

「プレップ法だね」


 と上川君が言った。


「ぷれ?」


 下河さんが首をひねる。


「プレゼンテーションの手法なんだけどね。結論、理由、具体的な事例、再度結論の流れで伝えるの。てっきり雪姫なら知っていると思ったよ」

「冬君、すごーい。物知りっ」


 ナデナデと彼の髪を撫でる。彼は彼で彼女の髪を撫でる。えっと、だから俺は何を見せられてのコレ?


 ただ――。


 この二人の関係だって、目をそらさず向き合った結果。流石にそれは分かる。


 書いてみようと思った。

 ありったけの気持ちをこめて。

 言葉で誤魔化さないように。

 自分の本当の気持ちだけをつめこんで。

 ボールペンに手を取って。下河さんが用意してくれた便箋に綴りながら。


「「がんばって」」


 相変わらず、寸分のズレもなく。二人の声が重なった。

 心の底から溢れる、そんな言葉を綴りたい。無心にそう思った。









 先輩のことが好きです。ずっと好きでした。先輩にとってのバレンタインが、友達や後輩よりちょっと仲の良い、一歩進んだ存在に対して告げる、感謝の機会でしかなかたっとしても。

 みんなのために頑張る先輩が好きです。同好会のみんなのために頑張る先輩が。

 俺はもっと近く、その隣にいたいってずっとそう思っていました。勇気がなくて、その一言が口から出すことが憚れて。それでも、やっぱりこの気持ちは止まりません。先輩の表情も言葉も忘れられません。全部、俺にとっては、かけがえがなくて大切でした。

 先輩、ありがとうございます。先輩い出会えて嬉しかった。先輩に恋できて良かった。本当に大好きでした――。





 ことん。先輩の家のポストにラブレターと一緒、クッキーを入れた。今日は3/14。こうして俺の恋は終わりを告げたんだ。









 河川敷でぼーっと、水面を眺める。そう言えば、と思う。時短料理同好会での買い物帰りに、ココで先輩とお喋りをしていたっけ。


「いつか、違う誰かと、ここでお喋りできたりするのかな?」


 答える声なんか有るはずもないのに、つい声を紡ぐ。でも、そんな未来は到底、想像することができなかった。


「――私以外の誰かと、そういう未来を夢見るって……ど、どういうつもりなのかな?」


 聞き慣れた声に思わず振り向く。そこには、あの手紙を持った先輩が立っていた。息を乱しながら。


「へ?」

「バレンタインの時に、ちゃんと返事をしてくれなかったクセに。言い逃げはズルいんじゃない?」

「え? え?」


 はぁはぁ息を切らせながら、先輩は僕の横に座る。俺を探してくれていた? 思わず目をパチクリさせてしまう。


「えっと、せんぱ――」

「ずるい、今さらズルいよ! 私、何度もアプローチしたのに。最後と思って、バレンタインで勇気を振り絞ったのに。それだってのらりくらり躱したじゃん、君は! やっと諦めようと思ったのに――」

「あ、え? え?」

「それなのに……あんなにたくさんのラブレターを、一度に寄越すなんて、本当にズルいよ!」


 あんなに、


 思考がおいつかない。その言葉。その意味を考える余裕すら、先輩は与えてくれなかった。もう俺は先輩に包み込まれていた。


「私は隣にいてくれるだけじゃ、納得しないからね――」





 見慣れたカップルが、向こう側から歩いてくるのが見えた。その手をしっかり繋いで。


 すれ違う刹那、無邪気な声が俺の鼓膜を震わせたんだ。


「ちゃんと全部、届けておいたよ。紙屋君のラブレター」

「女の子を待たせるの、私的にはちょっとバッテンだからね?」


 まるでドッキリ大成功、そう言わんばかりに二人は満面の笑顔を浮かべて――そして、ひらひらと手を振って去っていく。


(……うそでしょ?)


 さぁーっと、血の気が引いた。

 あれを全部、先輩に読まれたの?


 でも、と思い直す。深く息を吸い込む。おかげで逆に覚悟が決まったんだ。


 嫌われることが――関係が変わることが怖かった。

 でも、もう引き返せない。引き返したいと思わない。


 だって、俺の醜さも。浅ましさも全部。ありったけの気持ちをラブレターにこめてしまったから。


 だったら、今までの弱虫な自分にサヨナラするしかない。


 だったら。

 すべきことは、たった一つしかない。


 深呼吸をする。

 心臓がうるさくて、挫けそうで。背を向けたくなっても。


 それでも、なけなしの勇気を振り絞って――俺は先輩の名前を呼んだんだ。

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