第三十四話 そう、彼は一流

「なに? あなた不快だわ。さっきから全く意図が見えないのだけれど」


「まあそりゃそうですよね。よく分からない男が、自分が幸せを願っている娘にちょっかいをかける。これだけ聞けば意味が分からない文章が完成する。でもここには一つの意図があるんですよ」


 一色には、小暮の考えはよく分からない。彼と話すことで少しづつ分かったことだが、小暮は自分の真意をあまり人に伝えない。


 他人には、かなり鎌をかけて情報を聞き出し、知りたいことを収集している。だが自分の情報は何重にもフィルターをかけて曖昧にしているのだ。


 だから、彼のターゲットになった人は、自分の情報は抜き取られるのにも関わらず、小暮から情報を聞き出すことはほとんどできない。

 そう、彼は一流なのだ。


 だが―――


 一色には、それが少しだけ悲しく思えた。


「将来、幸せ、実に結構。それは素晴らしいものだ」


「何が言いたいの」


「言いたいことは一つ。将来も幸せも今を大切にしない奴に絶対に訪れない」


 すると叔母はかなりイラついた様子で携帯電話を取り出し、電話をかけた。


「早く出て行きなさい! もうすぐ警察が来るわよ!」


「おっと、警察はマズい。じゃあお暇させてもらおうか。……ああそうだ、一色君、これを」


 すると小暮は一色に、叔母に分からないように、こっそり何かを手渡した。


「まったく、あんたも変な男は連れてこないで。分かったら早く習い事の用意をしてらっしゃい」


「……はい」


 こうして一連の出来事は終わった。

 

 ……ように見えただけだった。


 数日後、事務所にて。


「小暮さん! 出来ましたよ! もう勝手にしなさいですって」


「ははは! やってのけたか! 度胸あるなあ」


 小暮が一色に手渡したのはメモだった。そこには作戦が書かれており、作戦の内容はいたってシンプルであった。


「でも抽象的過ぎですよ。思いっきりグレろ、不良になったように見せろ、って」


 そう、小暮が指示したのはその一文だけだ。


「ああやって過度な期待を寄せる親というのはね、子供が良い子良い子してるから際限が無いんだ。一旦幻想を破壊さえしてしまえば、あとは勝手に幻滅してくれるもんさ」


 小暮は優雅にコーヒーを口に運んだ。


「でもそれにしても一体どんなことをしたんだ?」


 すると一色は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「えっとですね。その……学校をサボったりとか、習い事をサボったりとか、あとは叔母さんに悪口を言ったこととかですね」


 それを聞いた小暮は吹き出した。


「クククッ、君が不良になっても可愛いものだなあ」


「やっぱり悪口はやりすぎでしたかね……」


「あっはっはっは!」


 小暮は腹を抱えて笑った。


「そ、そんなに面白いですか?」


「ああ、傑作だ!」


 ひとしきり笑った後、小暮は机の引き出しから書類を引っ張り出した。


「これが君の契約書。目を通してもらえると助かる。んで、こっちが今回の依頼。わたしと君で向かうことになるだろうね」


「ということは私は助手ってことですか?」


 すると小暮は右手を顎の元にやった。


「君が決めると良いよ。助手でも良いし、探偵見習いとしてわたしの元で学ぶか。もちろん助手の方がランクは上だよ? なんせそれだけで完成された仕事だしね。それに探偵見習いとか胡散臭いだろ?」


「助手か、探偵か……」


「でも仮に君が探偵見習いを選んだとしよう。見習いということは君は将来わたしを継ぐと言う事だ。まあ好きな方を選ぶと良い。わたしのおすすめは助手……」


「見習いにさせてください」


 すると今度は小暮が驚いたような表情をみせた。


「え、見習いと言う事はわたしの下につくと言う事だよ?」


「はい。いつか……小暮さんを超える探偵になりたいです」


「……そんなことなら簡単に君ならできるよ」


 一色は、見ず知らずの自分を救ってくれた小暮と言う探偵に憧れた。


 だが小暮は、そんな憧れに後ろめたい感情を抱いていた。

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