夕暮れ時

鈴木すず

夕暮れ時

 わたしの名前は、前澤美加。

地元の女子高校に通う、17歳。

わたしには友達が一人しかいないし、それでいいと思っている。

その子は上田広香。同じクラスの同級生。

そして、広香は、わたしの片想いの相手。


「美加ちゃん、移動教室行こっ。」

「ちょっと待って。ぼーっとしてた。」

 最近、わたしはぼーっとしてばかりだ。今も、移動教室で次の授業は体育だったのに、みんなにわたしの着替えている姿を見られたくなくて、もたもたしていたら遅くなってしまった。女の子の着替えを見るのにも抵抗があるし、わたしの着替えを他の女の子に見られるのにも抵抗がある。

 広香は、とんでもなく体育が出来ない。わたしもそんなに得意ではないけど、広香の運動音痴さには定評がある。でも、広香は、いつも体育の時間を楽しんでいるように見える。わたしは、広香のそういうところが好きなのだ。「いつでも、楽しむ」というところが。


 わたしは、美加に好きと伝えたい。高校に入学して初めて会った時からずっと気になっていたけど、伝えないで我慢するのは、もう限界が近いのかもしれない。


 そして、わたしは、告白する勇気がないので、冗談まじりにキスでもしてみようかという結論に至った。

「えっ、美加ちゃん、何してるの。」

 と、少し困ったように笑う広香の顔が浮かんだ。


 ある日の朝、わたしは広香に、


「広香。こっちに来て欲しいんだけど。」

 と言って、階段の踊り場に連れて行った。


 頭が熱くてぼーっとする。周りには誰もいない。

キスをするなら今だと思った。

すると、他の生徒の歩く音がして、広香は、

「教室に戻ろう。」

と、言った。


 その後も、広香とわたしは相変わらず仲が良くて、

でももう、想いを伝える機会は無いのかなと、思っていた。


 そして、ある日の夕暮れ時、二人でいつものように学校から家に帰る途中に、駅のホームで、広香はひと呼吸置いて、こう言った。

「美加ちゃん、多分、わたし、美加ちゃんと同じこと考えてるよ。」

「えっ。」

「駅のトイレ、行ってもいいかな。」


 駅のトイレで、広香はわたしを個室に入れた。

「美加ちゃん、触っていい。」

「うん。」

 広香は、洋服の上からわたしの胸を触りながら、キスをした。

「気持ちいい。」

「わたしも。」


「美加ちゃん、わたしのことずっと忘れないよね。」

「えっ。もちろんだよ。」

「わたし、美加ちゃんと出会えてよかった。」

「どうしたの、急に改まって。」

「ううん、なんでもない。」



 その翌日、広香は学校に来なかった。先生が、

「上田広香さんは、ご両親のお仕事の都合で、アメリカの学校に転校します。

 本人が、どうしても前もって伝えないでほしいと言っていたので、言うのが遅くなりました。」

と、言った。広香が大胆だったのは、会える最後の日だったからだと分かった。急に流れた涙が止まらなかった。



 学校に友達がいなくても、案外なんとかなった。広香がいなくなって時間が経つにつれ、友達と呼べそうな人も増えてきた。冬休み、春休みを終えて高3になると、出席しなくてもよくなったので、もっと楽になった。



 それから15年。わたしは、夫と小さな子供と暮らしている。広香とは、音信不通のままだ。わたしは高校の頃まで、自分の恋愛対象は女性だけだと思っていた。でも、今の夫と出会って、女性でも男性でも、好きな人を好きでいいんだなと思えた。夫には、そういう話はしていない。広香を好きだったことも。

 でも、夫は、

「美加は、全く話さないけど、思春期に、本当にいい人がいたんじゃないかと思うよ。美加はモテるし。妬いちゃうかもしれないから、話さないでいてくれて助かるんだけどね。」

 と、言ってくれた。広香は、誰とどんな恋愛をして、どんな生活をしているのだろうか。ふと遠い目をしたわたしに気付き、夫が少しだけ悲しそうな顔をした。

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夕暮れ時 鈴木すず @suzu_suzuki

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