しめのあいさつ

清泪(せいな)

ほら、お笑いってすぐ語りたくなるから


「もうええわ、やめさせてもらうわ」


 壇上に立つ二人組の漫才師が、締めの一言を言うと客席からまばらな拍手が聞こえた。

 感染症対策として空けられた座席は対策以上に空席となっていて、小さな演芸場のキャパシティの20%も埋まっていなかった。

 マスク着用の上声だしも禁止された客席からは笑い声一つ聞こえない。

 代わりに遠慮がちの拍手が数名の客から鳴るだけだった。



「最近は御時世の影響もあってさ、お笑いライブも配信の方が盛り上がってるよなー」


 YouTubeをTVモニターに映して彼はお笑い芸人のネタ動画を観ていた。

 コロナ禍になってからすっかりTVモニターに所謂テレビと分類される地上波の放送は映らなかった。

 だんだんと増えてきたお笑い芸人のチャンネルが代わる代わる映されていく。

 先駆者となったユーチューバーと呼ばれる者たちの真似事をしてるだけの動画は直ぐにスキップされて、オススメに挙がってくる別のチャンネルが映る。

 彼の目に止まるのは芸人のネタ動画か、昔深夜帯に放送していた番組の焼き直しのような動画だ。

 結局、今の時代テレビが古いからYouTubeへと移行したのではなくて、御時世で失われたを取り戻すかのように代わりになっただけだった。


「でもさ、やっぱりお笑いは生で見るのが一番だよな。劇場だとさ、ほら、空気感がまず違うしさ。ネタの長さもテレビと違うんだぜ、知ってた?」


 彼に問われ苦笑いで曖昧に返事を返す。

 私の地元はお笑いの街なので、なんやねんコイツ、と頭に浮かぶが言葉にはしない。

 大体、コロナ前から付き合っているがお笑いライブなんて行ったこともないし、彼から笑いのセンスを感じたこともなかった。

 なんだったらそこが彼の良さでもあった。

 お笑いの街から抜け出た私にとってフリもオチも無い会話は新鮮だったし、話始めにオチから話してしまう天然さも面白かった。

 盛って話さないということの気楽さを知ったし、最後に知らんけどと付け加えて笑いのエッセンスを足さなければならないと強迫観念も無かった。


 それからも彼の講釈は続いた。

 曖昧な返事をする私が悪いのだけれど、大袈裟に苦笑いを作ってる事には気づいてほしかった。

 そこまで鈍感なヤツがお笑いの細かいフリとか天丼とかわかるもんなんか、と言いたくなったが止めておいた。

 彼が、時間の出来てしまった彼が、ここ最近で培った知識の披露をしたがってるのだから仕方ないから聞いてあげようと思った。


 コロナで仕事が無くなった。

 そうやって玄関で今にも消えてなくなりそうな顔をして呟いた日から、ずっと家の中で培ってきた知識。

 新たな職場はなかなか見つからず、得た知識を披露する相手も私ぐらいしかいないのだから。

 せめてこれぐらいは邪魔せずに聞いてあげよう、そう思った。



 だけど、関東のお笑いがどうたら関西のお笑いがどうたらと踏み込んで来たのは我慢できなかった。

 そこはまだ付け焼き刃程度の知識で語り出すのは早い。

 しかもちょっと上から語るので尚更ムカついた。

 一旦、大喜利を10問程度だしてから話をしようかと思ったぐらい、私の中のを刺激した。



 壇上に新たに二人組の漫才師が出囃子に合わせて歩いてくる。

 彼がしたり顔で語っていたお笑いライブ。

 私の隣の座席には誰も座っていなかった。

 漫才が始まり、つかみの時点で私は笑いを堪えるのが必死だった。

 声だし禁止というのは厳しくてちょっと物悲しさもあったけど、『絶対笑ってはいけない〇〇』みたいな楽しさもあった。

 まばらに座る客たちの肩が小刻みに揺れてるのを見て、不思議な一体感があった。

 今日ライブが始まってからずっと目尻に滲む涙が何なのかはよくわからなかった。



 あの日、お笑いの話をしてるのに何一つ笑いの無い彼の話を聞かされて私は一言だけ返して部屋を出ていくことにした。



「もうええわ、やめさせてもらうわ」


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