第34話 土方・9



 障子を開ける。廊下の角に誰かがいる。


 静かに障子を閉めると、中で斎藤が息を飲む気配がした。足を進める。角にいた人物が姿を現した。


「よッ。お待たせ。 正義の味方の登場だぜぇ」

「……左之助か」

「せぇっかくいい気持ちで飲んでたのによ~、珍しく山﨑さんが血相かえて飛び込んできたもんだから……」

「山﨑が?」

 原田の後ろから、山﨑が顔を出す。黙って頭を下げた山﨑に思わず噴出してしまった。

「なんだ、山﨑。随分お早いお帰りだな」

「屯所へは、大石さんに走ってもらいました。私は原田さんがいつも飲んでいる店へ行き、こうして捕まえてきた次第です」

「……いつもながら、お前にぁ頭が下がるよ」

「今回、斎藤さんの怪我に気付かなかったのは、私の失敗ですから。それはもう慌てました」

「あいつがちゃんと言わねぇのが悪いんだ。罰として、足枷つけて動けねぇようにしてきてやった」

「ひでッ!」

 原田が声をあげている。苦笑いをしながら、山﨑は歩き出した。それについていく。


「左之助、人数は聞いてるか?」

「お? ああ、二十人だっけか?」

「そうだ。俺と山﨑が五人ずつ。お前は十人頑張れよ」

「な~んか、均等じゃねぇよな……」

「若いんだからしっかりしやがれ」

「良い子にしてたら、俺にもなんかご褒美くれる?」

「!」

 原田は、にやにやして俺を見ている。先を行く山﨑も、どうも笑っているようだ。

「俺だって頑張ったご褒美に豪遊してぇなあ~、歳さんの金で!」

「…………聞いてたな」

「いや、なかなかどうして、結構可愛い事言ってんね、あんた達」

「や~ま~ざ~き~!」

「えッ! 山﨑は別に何も言ってないじゃないですか!」

「お前が元凶だろ! 後で覚えとけよ!」


 山﨑は、困ったような顔で笑うと、俺達を手で制した。顔を見合す。


 スラリと刀を抜くと、頷きあって障子を蹴倒した。中にいた男達が慌てふためくのが見える。それも一瞬の事で、吹き消された蝋燭に部屋の中が真っ暗になった。

独特の息遣いで、自分達の位置を確認し合う。三人うまく離れて立つと、思い思いに刀を振るった。横に薙ぐ。手応えがあった。その少し触れた体を追いかけるように、深く突く。更に近くにあった気配を察知し、身を低くして下から斜めに斬りあげた。部屋の中は、悲鳴と唸り声で満ちていた。血の匂いがする。足元に何かドサリと重いものが倒れる気配がする。しばらくすると目が闇に慣れてきた。俺達三人は皆、黒い着物を着ている。浪士達の白い着物を狙って、刀を突き続けた。階下で誰かが走っている音がする。監察の連中だろうか。ふと、斎藤は大丈夫だろうかと気になった。それが良くなかったのか、腕に熱いものを感じ、次の瞬間には刀を落としていた。じわり、何か痺れのようなものが広がってくる。俺はその場に立っていられなくなった。


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