第6話 斎藤・6



「……口止め料ですか? 甘いものは、苦手なのですが」

「馬鹿か」


 饅頭の下には、三両挟んであった。まんじゅうは好きだろう、と悪戯でもするような顔で俺を覗き込んでくる。遊里で遊んでこい、と言っているのだ。器ごと、懐へ仕舞った。

「刀の研ぎ料として頂いておきます」

「……そんなの局長から貰えるのに」

「では、湯呑みでも買ってきましょう。毎回貴方に文句を言われるのも、いい加減嫌になった」

「……っは! お前の頭だけは読めねぇなあ」

「読む必要はないでしょう。俺は嘘はつきません」

「表も裏も無い……と?」

「そのつもりですが」

「ふん……そういうとこに、あいつらぁ惚れてんのかね」

「……あいつら、とは……」

「さっきの隊士とか……そうだな、植木屋の格好をしていた監察がいただろう、そいつとか」

「……男ではないですか」

「男だよ? お前に惚れてる奴なんざ、男しか知らねぇもん、俺」

「男が男に惚れるわけがない」

「わけがないったって、あいつらは本当にお前に……」

「もう結構。失礼します」

 猫板の上に、湯呑みを置いた。腰をあげる。

「待てって! 斎藤! あ……痛ッ!」


 がたん、と音がして猫板が外れた。湯呑みの中に残っていた熱い茶が、土方の足にかかる。慌てて駆け寄り、水差しの水を上からかけた。

「貴方らしくない。何をそんなに慌てるんです」

「お前が怒るから……」

「怒るような事を言ったのは、誰ですか」

「ああ、やっぱり怒ってたのか。無表情だからわからなかった」

「…………」


 土方は、濡れてしまった畳を手ぬぐいで丁寧に拭き、溜息をつきながら猫板をはめた。江戸から無理を言って持ってきた長火鉢だ。京にも長火鉢はあったが、土方は江戸ものを好んだ。体裁が違う。京のものには、猫板はついていない。

「火傷は?」

「大丈夫だ」

「京の長火鉢なら猫板を蹴飛ばしてしまう事もないでしょうに」

「いいんだよ。俺ぁこれで。お前、猫がここに乗っかって尻尾で灰を叩く姿見たことあるか? 愛らしい事この上ないぞ」

「……生き物は苦手なので」

「お前らしいや」

「だいたい、ここには猫はいないではないですか」

「それでも俺ぁ江戸のもんじゃなきゃ嫌なんだよ。こっちの火鉢ぁ、無粋でいけねぇや」

「使えるものなら、俺はどんな形でも拘りませんけどね」

「朴念仁は、それでいいんだ」

「……酷い言われようだ」


 こちらの長火鉢は、火鉢のまわりが四角く台のようになっていて、そこに湯呑みや菓子などを置くことができるようになっていた。そこが無粋であると、土方や、永倉、原田は、口を揃えて言うのだ。近藤や山南は、こちらの火鉢を喜んで使っていた。こんなところにも、性格は出るものなのだと、きっちりはめられた猫板を撫でた。


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