第5話


 円加桐青が夜月の盗掘団に拉致されて一週間。

 今も、自衛隊による捜索は続いていたが……もはや、彼らによる発見は絶望視されていた。

 何故なら、自衛隊に捜索が許された範囲は約700㎢……犯人が潜伏していると予想される地域の外側、日本と異世界――リゼウス王国を繋ぐ『箱庭』と呼ばれる異空間のおよそ半分の地域だけだったからだ。

 もはや、円加桐青の発見は、リゼウス王国側の捜索隊に期待するしかない。

 しかし――、


「……報告は以上です」


 ――リゼウス王国の捜索隊……いや、国境守備隊の一人であるユリンは感情の伴わない声で『円加桐青は見つからなかった』と日本語で報告した。

 だが、淡々とした報告には異邦人を気遣う様子など無く――、


「……報告は、以上だと?」


 ――身内からすれば、最初から彼らには円加桐青を探す気がなかったのではないかと疑いを抱いてしまう程だった。


「ふざけるなっ! 見つかりませんでしたで済むものか!」


 興奮するいちごに対して、ユリンは平然と無言で応える。

 とても話し合いに発展しそうにない二人を取り持つのは、円加桐青の捜索を一任された自衛官、水上三佐だけだった。


「向坂博士、落ち着きたまえ……これで捜査が打ち切られた訳ではない。これはあくまで捜索の経過報告なのだ。そうだろう? ユリン殿」

「無論です。今後も円加桐青氏の捜査は継続します」

「継続しますだと? 悠長な! 私はっ、一週間も経つのに手掛かり一つ見つけていない君達には任せられないと言っているのだ!」


 いちごが応接室のテーブルを乱暴に叩くと、ユリンは疲れたように溜息を吐く。


「我々にどうしろとおっしゃるのです」

「決まっている! リゼウス王国内で円加桐青を捜索する許可を自衛隊に出していただこう!」


 次の瞬間、水上三佐が頭を抱えた。

 自衛隊によるリゼウス王国内の捜索案……これは、桐青が誘拐されてからいちごが何百回と水上三佐にしてきた要求だ。

 しかし――、


「あなたは我々リゼウス王国に、他国の軍隊が国土へ踏み入ることを許容せよと……そう仰りたいのですか?」


 ――世界が繋がり、邂逅して数か月……国家間に信頼など欠片もなく、これから友好を結んでいこうという時に、武器を持った人間を自国へ招き入れるなどあり得ない。

 けれど、自衛隊にリゼウス王国内での捜索許可が出ないことなど、いちご自身、最初から承知していた。


「ならばっ、私個人への捜索許可ならばどうか!」


 直後、ユリンの表情に一抹の変化が現れる。

 彼は水上三佐へ目くばせをした後、いちごへと目線を戻した。


「……まず、一つ質問したいのですが。両国の友好を謳う共同調査団。その一員とは言え、民間人をたった一人で異国へ送る。そんなことが自衛隊、あるいは日本政府にできるのですか?」

「…………」


 訊ねられた水上三佐は、厳しい表情のまま口を開く。


「……我々は一週間前にあなた方、リゼウス王国の人間に共同調査団の調査員を拉致されたばかりだ。本来なら、そのような国に自国民を一人で向かわせるなどあり得ない」

「言ってくれる」

「しかし、そちらの協力次第では穏便に彼女の意思を尊重できるのではと言う意見も出ている」

「……というと?」


 ユリンは顔の前で指を組み、静かに水上三佐の言葉を促した。


「彼女を始め、共同調査団の人間にはリゼウス王国全域での植物採取、また調査の許可は出ている」

「ええ。ですが、同様に許可のない地域への立ち入りは禁じられている筈です」

「ですから、彼女にだけ貴国への立ち入りを許可していただきたいのです」

「…………」


 水上三佐は、こんな要求が通るなどとは最初から思っていなかった。

 仮に、通るとしてもユリンのような一介の守備隊の小隊長に許可が出せる案件ではない。

 それに、リゼウス王国が持つ魔法という日本にはない力。

 その秘密を握るであろう立ち入り禁止区域へ研究者を向かわせるというリスクをリゼウス王国が容認するとは思えない。

 そもそも民間人を単身異世界へ向かわせるという本来なら許可されないであろういちごのわがままがこの場に持ち上がったのは、日本政府の『魔法の秘密を知りたい』という思惑があったからだ。

 ならば、言わば諜報員を自国へ招くような真似を相手がするとは思えなかったのだが――、


「彼女一人に、あくまで共同調査の延長線上として、我が国への入国を許可せよ……ということですか……いいでしょう」

「なっ?」


 ――リゼウス王国……ユリンはこの条件に乗ってきたのだ。


「ただし、こちらからもいくつか条件があります。そして、この先は向坂博士のみにお聞かせしたい。それが出来ないのであれば、この提案は受け入れられません」

「……そういうことでしたら、私は席を外させてもらいます。向坂博士、何かあればお呼びください」

「ああ。そうさせてもらおう」


 水上三佐は考え、そして向坂いちごに伝えていた。

こんなバカげた提案、最初から通る訳がない。だが、もしも通ったのだとしたら……――、


「それでは、向坂博士……私からリゼウス王国への立ち入りを許可する条件をお話しましょう」


 ――それは、相手にも何らかの思惑がある場合だけだ。

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