拾ったのは生体兵器 4


「すごい食いっぷり……ごはん4合全部食べ切るとは……」


「ほっとけば普通に自分の体重より食べそうね」


 親子丼を息をするのも惜しむような勢いでかきこむその子を、私と母さんは半分感心半分呆れて眺めていた。

 母さんは最初、こんな痩せてる子に脂っこいもの食べさせたら胃痙攣を起こすと言っておかゆを作って食べさせたけど、秒で鍋のも含めて完食したから次にレトルトで親子丼を作ったらそれも秒で完食されたので、次のはどんぶりで食べさせてる。

 私がこうして困ってる子どもを見ると助けたくなる気が湧きあがってくるのは、母さんの薫陶によるものが大きい。


「流琴に帰りに男児の肌着買ってくるようメールしたけど、そもそもこの子どうするのよ千明」


「何? 見捨てて帰ってくればよかったのにって言いたいの?」


「違うわよ。私がこの子を見かけても千明と同じことした。問題はこのスプーンもまともに握れない大飯食らいの子を今後どうするかってことよ」


 私はテーブルや床にハネをびちゃびちゃ飛ばしながら親子丼にパクつくこの子をじっと見た。風呂に入れてごはんを与えたから学校で見た時よりも一目瞭然に血色がいい。

 私はこの子についての予測を、外れてるかもれないけど一応母さんに伝えた。


「多分この子、海を渡ってマチリークから来たんじゃないかな」


「嘘!? まさか。日本語喋れる外国人なんてたくさん」


「そうだ」


 母さんの声を遮って、この子は顔を米粒塗れにしてそう言った。親子丼もう食べきってる。もっと噛んでゆっくり食べてほしい。

 しかし事実なのか……。何だかこの子がマチリークから来たと認めた瞬間、この子どもが庇護欲を掻き立てる哀れな存在であり、とんでもない爆弾でもあるように思えてきた。


「え……本当にそうなんだ。さっきまで私のこと警戒してたのにあっさり認めてくれたね」


「かくしてたつもりはない。べつにどうでもいいことだ」


「それならそれでいいんだけど……ちなみに関係ないけど毒とか疑わなかった?」


「いままであかいあざがついたくろいくもやうじもたべてきた。だいたいのものはへいきだ。それにれんちゅうはそんなまわりくどいことはしない」


 毒が入っても効かないと自負する丈夫な胃袋を持ってるらしいけど、それ以上にこの子の悪食ぶりが気になって仕方ない。私なら一週間絶食しても蛆虫は食えない。金積まれても無理。


「連中ってこのちょっとハゲてそうな人のこと?」


 そう言って、母さんはリモコンを手に取ってテレビをつけるとチャンネルを合わせた。


「アフリカ大使館が声明で、あなたは日本に争いの種を蒔く前に今すぐにでも北海道に帰るべきだと述べていますが、これについてどう思われますか?」


「わざわざ外務卿として大使レベルの役職の方の言葉をまともに受け取る気はありませんが、本当に帰ってほしいなら私の部屋に来て面と向かって言うはずですね。きっと構ってほしいだけなのでは?」


「外務卿が日本に来て一番驚いたことは何ですか?」


「ボディガードを伴わなくても外で生きていけることですね。マチリークで同じことをやれば長くても20秒以内にその場で殺されるか拉致されて殺されます。あとずんだ餅が美味しかったです」


 画面では昨日と同じ帝都ホテルの地下の大広間でジェスタフ外務卿が記者会見に笑顔で応じていた。今日は日本語で喋っている。やっぱりマチリークそんな治安悪いのか。いや記者が失笑してるしブラックジョークの類だろうか。

 ……そんで確かに言われてみたら前髪を前面に持ってきすぎな感じがする。軍事国家の上層部に就くまでに色々ストレスとかがあったんだろうか。


「定例記者会見だってさ。この人普段ホテルに籠って何してるのかしら」


 母さんはそう言ってテーブルをタオルで拭いた。この子はジェスタフをじーっと見つめていたが、やがて目を背けた。


「……ひさしぶりに、みたな」


 母さんがミルクで溶いたプロテインを飲みながら尋ねる。


「君、もしかしてコイツらに追われてるの? コイツらが来日した目的は君を捕まえることだったり?」


「……」


 嘘でしょ当たりらしい。多分今母さん今冗談で言ったのに。しかし、この痩せた貧弱な子にどんな価値があるの? せいぜい花壇の水やりくらいしかできそうにないけど。

 母さんは顎をテーブルにつけて溶けた餅のような顔でじーっとこの子の顔を凝視して、やがて両目の間を指でぎゅっとつねりながら呻くようなかすれた声で呟いた。


「これまたとんでもない子を千明アンタ拾ってきたわね。これ仮に警察に行っても鼻で笑われるわね。どうしよ」


「もういくよ。ずっといればおまえらもおわれてみのきけんがある。あ、ありがとう」


 そうぎこちなくお礼を言って、この子は立ち上がってパジャマのまま家を出ていこうとした。それは悲壮な覚悟を宿した瞳だった。ぶっきらぼうな子だけどきちんとお礼を言えて偉い。何より私達がマチリークと関わり合いにならないようにするために出ていく自己犠牲の姿には私も目頭が熱くなった。かわいいだけじゃなく漢でもある。

 いや熱くなってる場合じゃない呼び止めなくては。


「待ってどこ行くの?」


「わからない。ただもうあそこにはもどりたくないんだ」


 そう言ってドアノブを掴んでぶら下がって体重をかけて開けて廊下に出ていった。その背中は弱弱しくて、やはりはいそうですかと見送る気にはなれなかった。


「大丈夫だって。出ていくにしても1週間くらい泊まって休んでからでも遅くはないでしょ?」


 私は出ていくこの子を追い抜いて彼の両肩に手を置き、顔を近づいて説得した。


「むりだ。おれとかかわったとしったらおまえらもしまつされかねない。すくなくともあいつらとかかわることになる」


「君そんなVIP待遇なんだ。正直マチリーク軍が君みたいなもやしっ子に時間割くとは思えないんだけど」


「なら、そうおもうままのほーがしあーせだ」


「うがっ」


 今の発言はちょっと生意気だったな。というか風呂に入れた時に口までは洗わなかったから口からドブみたいな臭いがする。腐乱臭って多分こういう臭いだろうな。

 しかしこの子。意地でも出ていく気らしい。去る者は追わず来る者は拒まずというけれど、ここまで来て今更放置はできない。むしろこんな子を放置できる人間がいるのか?

 すると、母さんもこっちへ出てきて、何とかこの子を家に留めようとして口を開けた。


「ねぇ君、実は私の旦那がマチリーク人だって言ったら、どうする?」


「え?」


 その言葉に案の定この子は目に見えて警戒し、訝しむ目つきで母さんをじっと見つめた。母さんの方は柔和な笑みを浮かべ、今の発言が出まかせじゃないことを示すため、何よりこの子を怖がらせないように親し気にそっと見つめた。


「ひょっとして千明が君をここに連れてきたのは運命かも」


「……?」


 ほんの一瞬だけこの子の目が真っ赤に充血したように見えた。錯覚じゃなかった。それはまるで赤ワインのような鮮やかな光沢を放ち、すぐ元に戻った。

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