博士と助手はループから逃れられない

陽澄すずめ

博士と助手はループから逃れられない

「助手よ! いよいよ次元転移装置の完成じゃ!」


 物で溢れ返った研究室の中、白衣姿でそう声を上げたのは、ツインテールの小柄な美少女だ。十五、六歳ほどに見えるが、大学生である助手の僕より年上らしい。


 華奢な人差し指が示す先には、ひと抱えほどの四角い装置がある。


「博士、これは一体?」

「よくぞ聞いてくれたな! これは核分裂エネルギーを利用して次元の歪みを作り出し、別の時代にタイムスリップできるという凄い発明品なのじゃ!」

「核分裂? ここでそんなことできるんです? プルトニウムとか手に入りませんよね?」

「ふっふっふ、その辺は抜かりないわい」


 博士はぺたんこの胸を張ると、謎のボトルを取り出す。


「プルトニウムに良く似た『プルプルトニウム』という物質を準備してあるのじゃ」

「完全にふざけた名前! それ、大丈夫なんですか?」

「私の試算では問題ないはずじゃ。そうとなればさっそく始めるぞ。何事もトライアンドエラーなのじゃ」


 危険物質を使ったエラーは洒落にならないのでは。

 そのツッコミを、眩しいほどの博士の笑顔に気圧されて喉の奥に引っ込めてしまったことを、僕は後悔することになる。


 はたして、プルプルトニウムなる謎物質が謎の装置の中へと注がれた。

 装置の覗き窓からは、三本の電極の先端に電気が発生するのが見える。

 それはバチバチと音を立てながら激しさを増し、やがて直視できないほどの強い光を放ち始めた。


「こ、これはマズいぞ、助手よ!」


 博士の叫び声が聴こえたのを最後に、僕の視界は真っ白に染め抜かれた。

 続いて、耳をつんざく爆発音。

 燃えるような熱波に晒された手足は、熱さを認識するより先に消失していき——


 ◇


 気付けば僕は、元通りの研究室にいた。

 爆発の影響は何もない。乱雑に積み上げられた書類も、記憶にある形のままだ。

 夢だったのだろうか?


「うーむ、失敗だったようじゃな」

「うわっ! 博士、いたんですか?」


 僕の背後には、小柄な体躯で更にちんまりとしゃがみ込んだ博士がいた。

 目の前には、あの次元転移装置。


「実験前に時間が巻き戻っておる。じゃが、この研究室だけ次元の狭間に飛ばされてしまったようじゃ。さっき確認したが、部屋の扉が開かん。閉じ込められておる」

「どうするんですか?」

「もう一度、別の物質を試してみようと思ってな」


 博士は部屋のあちこちから何種類かの薬品を集めてきて、作業台の上に並べた。

 すぐさま調合が始まる。博士はやりっ放しの人なので、僕は後片付けに追われた。

 そして。


「これでどうじゃ!」


 博士が何かの液体を注いだ途端、フラスコがパン!と破裂した。


「うわっ!」


 いくつもの破片がこちらへ向かってくる。

 僕は大きく上体を逸らし、まるで棒の下をくぐるリンボーダンサーのような姿勢を取る。

 鋭いガラス片は、凄まじい勢いで空を切り裂きながら僕の真上を通過していった。


 そのまま身を起こした僕は抗議の声を上げる。


「危ないじゃないですか!」

「むう、すまんかった。しかしプルトニウムの代わりになる物質ができたぞ。さっそく装置に入れてみるのじゃ」

「頼むからもっと慎重にやってくださいよ。きっと何か安全な方法があるはずで——」


 プルルルルルル……

 突然、部屋に備え付けの電話が鳴り始めた。僕がそれに気を取られた一瞬の隙に。


「それっ」


 視界の端で、博士が新物質を装置に流し込むのが見えた。


「えっ」


 装置の中で発生する電気。増幅する光。

 そうして僕たちは二度目の爆発を迎えたのだった。


 ◇


 その後、あらゆる方法で実験を行なっては装置が爆発して時間が戻るというループを、ひたすら繰り返すこととなる。


「この指輪を装置の投入口へ入れたら……」

「ホビットですか!」


 爆発。


 ◇


「私の装置を頼む。それが助手の仕事じゃ。勝つぞグレース!」

「隕石じゃないですよ!」


 爆発。


 ◇


「過去の自分を助けられるかもしれん呪文じゃ。エクスペクトパトローナム!」

「魔法学校じゃあるまいし!」


 爆発。


 ◇


 もう何度目かも分からない爆発を経て、僕たちはまた研究室に戻っていた。

 作業台の上には、三十センチほどの高さの石柱が四本。それぞれに謎のマークが刻まれている。


「博士、これは一体?」

「これは四つのエレメントじゃ。それぞれ火、水、風、土を象徴しておる。部屋にある文献を漁ったところ、このエレメントの力でループを破れることが分かったのじゃ。しかし、それにはあと一つ足りない。そう、五つ目のフィフスエレメントがな」

「五つ目? それは何なんですか?」

「『愛』じゃよ」

「愛? そんなの、どうすればいいんですか?」

「簡単じゃ。この部屋を愛の力で満たせば良い」

「はぁ」


 どういうことだろう。


「まだ分からんのか。ちょうどあそこに仮眠用のベッドもある。私と助手とで愛し合うのじゃ」

「へぇ、なるほど……ファッ⁈」


 つまり。


「えっ、ちょっ、待っ、それって、セッ……しないと出られない部屋……ってことでは……」

「その通りじゃ!」


 僕の頭は一気に天辺まで沸騰した。両頬は今にも爆発寸前だ。


「ほっ、他に方法は⁈」

「その方法に賭けるしかないんじゃ。それとも、私が相手じゃ嫌か?」

「そっ……そんなわけ……」


 博士の愛らしい上目遣いに、僕の胸はトゥンク……と高鳴る。

 そう、僕は密かに彼女のことを愛していた。いつか想いを伝えようと思っていたのだ。

 だけどまさか、こんなしょうもない流れで結ばれることになるなんて。ロマンチックな理想の告白シチュエーションを何パターンも夢見ていたのに。


「善は急げじゃ。さあ、いざ!」


 あれよあれよという間に、僕はベッドまで導かれていた。

 腕を引かれ、博士の隣に腰を下ろす。柔らかな身体が密着し、ふわっと甘い匂いがした。


「ふふ、さすがに少し緊張するの」


 今や僕の心臓はうるさいほどに早鐘を打っている。それがピークに達したころ、何かが吹っ切れた。

 ええい、僕も男だ!


「博士……っ!」


 その時。


 ズゴォォォォォォォン!


 けたたましい衝突音が、空間を激しく震わせた。

 見れば、古臭い形の車が部屋の壁を突き破って頭を出している。

 ウイングタイプのドアが跳ね上がるように開き、中から一組の男女が姿を現す。


「良かった、無事だったみたいじゃな」

「間に合いましたね、博士」


 博士と僕だ。ただし二人とも少し大人びて見える。


「ようやく完成した乗用車型次元転移装置で助けにきたぞ! さぁ外へ出るがよい!」

「おぉ、ありがたい!」


 僕の隣の博士が歓声を上げた。喜び勇んでベッドから離れ、しかしいつまでも動かない僕を不審げに振り返る。


「助手よ、行くぞ。どうかしたのか?」


 僕は呆然と視線を彷徨わせたまま、どうにか口だけを動かした。


「いえ…………大丈夫です……」


 外へ出ると、様子は一変していた。

 荒涼とした砂浜に、崩れかけた自由の女神像が埋もれている。


「人類が滅んだ後の遠い未来に、研究室ごと飛ばされてしまったんじゃな。さぁ、元の時代へ戻ろう。しかし車の燃料が足らん。プルトニウムはあるかの?」

「プルトニウムはないが、それによく似たプルプルトニウムならある。ただの燃料として使うならば問題なかろうて」


 新旧の博士同士のやりとりを咎める隙もなく、プルプルトニウムはあっという間に装置へと注がれていた。

 嫌な予感がしつつも、僕にはもう車の発進を止めるほどの気力は残されていなかった。


 車はぐんぐん加速していく。スピードメーターの数字が時速八十八マイルを叩き出す。

 車体に電流が走る。視界が白く染まる。

 そして。


 やっぱり、爆発した。


 ◇


 目を覚ますと、僕は何かの装置の中に横たわっていた。

 眩しい天井の光を、覗き込んできたツインテールの美少女が遮る。


「助手よ、起きたかの」

「博士……」

「今回もコールドスリープ装置の実験は失敗じゃ。あれから三日しか経っておらん」


 思い出した。僕は博士の発明したコールドスリープ装置の実験台として眠りに就いたのだ。

 ということは、今までのループは全て夢だったらしい。


「酷い悪夢を見ました。戻ってこられて良かったです」

「そうか……」


 博士はすっかり意気消沈している。無理もない。これが八十一回目の失敗なのだ。


「何事もトライアンドエラーですよ。少なくとも時間がループせずに進んでいるんだから、実験もそのうち上手く行くんじゃないですかね」

「時間が進んでいるのが問題なんじゃ。早く完成させないと、助手が……」

「僕が?」


 口を噤んだ博士は、じぃっと僕を見つめた後、観念したように小さく首を振った。揺れるツインテールから尖った耳が覗く。


「……五百年の時を超えて生きる私とは違って、人間である助手の命は短い。だからコールドスリープ装置があったら、少しでも長く一緒にいられると思ったんじゃ」

「えっ……」


 それって、まさか。


「初めから愚かな話だったんじゃな。エルフが人間に想いを寄せるなど」


 美しい瞳に、じわりと涙が滲む。

 僕は思わず博士の手を取った。


「博士。コールドスリープ装置、完成させましょう。僕、何度でも実験台になりますから」

「助手……」

「僕も、少しでも長く博士と一緒にいたいです」


 色白の頬が、ぱぁっと薔薇色に染まる。

 長い睫毛が、そっと伏せられた。

 花弁のような可憐な唇に、僕は自分の唇を近づけ——



【⏸一時停止】



 ハイここで一旦ストップ!

 みなさん、ここまで爆発エンドで引っ張っといて、最後こんな展開なんて腑に落ちなくないですか? 落ちないですよね。私は落ちない。

 そこで、読者のみなさんに力をお貸しいただきたいと思います。


 さぁ、ご唱和ください。

 せーのっ!


「「「リア充爆発しろ!」」」


 お後がよろしいようで。



—了—

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