第28話 十編 1

 前編につづき、中津の旧友に贈る


 前編で、学問の旨を二つに分けて論じた。その議論をまとめればこんな感じになる。「人たる者はただ一身一家の衣食を供給することで満足してはいけない。人の天性にはなおこれより高い約束がある。それは人間社会の仲間に入り、その仲間という身分で世のために尽くさなければならない」――こういうことを述べた。

 学問をするにはその志を高遠にしなければならない。飯を炊き、風呂の火を焚くのも学問である。と言っても一家の生計は簡単で、天下の経済は難しい。およそ世の事物、これを得るのに簡単な物は尊くない。物の尊い理由は、得る方法が難しいからである。ひそかに心配していることがある。今、学者がその難を捨てて、簡単なことにつく恐れがある。昔の封建の世においては、学者の給料が高いと言っても、天下のことすべて切りつめている時勢で、その学問を施せる場所がなければ、やむを得ず、学んだ上にまたさらに学問をして、学問のやり方はよくないが、読書で勉強して、その博識さは今人の及ぶところではない。しかし今の学者はそうではない。学べばそれを実地に施さなければならない。例えば洋学生。三年の修行をすれば、ひととおりの歴史、物理書を学び、洋学教師と称して学校を開けばいい。人に雇われて教えればいい。あるいは政府に仕えて大いに用いられればいい。

 世間の諸商売のうちでこんな割合で利益を得るものはない。高利貸しといえども、これには劣る。もとより物価は世の需要と供給の多寡により高低が決まるもので、まさに今政府をはじめとして諸方から洋学者たちを急に集めたため、この相場の景気になった。だからあえてその人を姦(ずるい人)であるととがめるのではない。また、それを買う者の愚をそしるものでもない。ただ、わが輩の考えは、この人があと三年から五年我慢して、真の実学を勉強して、その後に事にあたらせれば、大成したかもしれないと惜しんでいるのだ。こうあってこそ、日本全国に点在する智徳が力を増し、はじめて西洋諸国の文明と肩を並べるまでに至るのである。

 今の学者は何を目的として学問をしているのか。独立自由の大義を求めると言い、自主自由の権利を回復すると言っているのだろう? 自由独立と言う時は、その字の意味の中に自然とまた義務というものがある。独立とは一軒の一家に住居して、他人に衣食を頼らないということではない。これはただ内側の義務である。さらに一歩進めて外側の義務について論じれば、日本国に住み、日本人の名を辱めず、国内の人とともに力を合わせてこの日本国を自由独立の地位に立たせ、はじめて内外の義務を終えた、と言えるのだ。だから一軒の家に住み、ただ衣食するだけという者は、ただ一家独立の主人と言うだけで、独立の日本人とは言えない。

 今、天下の形勢を見るがいい。文明はまだうわべだけで実がなく、外面の形は備わったけれど、内面の精神はむなしい。今、わが国の陸海軍をもって西洋諸国の兵と戦えるだろうか。いや、決して戦ってはいけない。今、わが国の学術をもって西洋人に教えることがあるか。決して教えられるものはない。逆に西洋から学んで、その及ばない大きな差を恐れるようになるだけだ。外国に留学生があって、内国に雇った教師がいて、政府の各省、寮、学校から諸府諸港に至るまで、すべて外国人を雇わないものはない。他には私立の会社、学校の類も新しく事を企てる者は必ずまず外国人を雇い、多くの給料を与えてその人に依頼する者が多い。その外国人の長をとり、自分の短を補うとは、人がよく言うことだけれど、今の有様を見れば、わが日本はすべて短で、彼西洋はすべて長のように思える。

 数百年続いた鎖国をやめ、国を開いて急に文明の人(西洋人)と交わることだから、その状態は火をもって水に接するようなものである。それを対等な関係までもっていくには、西洋諸国の人を雇い、西洋諸国の器品を買って、わが国の欠点を補い、水火が触れ合うという動乱を避けるためには、一時の供給を彼に頼るのも国の失策とは言えない。とは言っても、他国の物に頼って自国の用を賄うのは、言うまでもなく永久の計ではない。ただこれを一時の供給と思って、強いて自分を慰めるということだが、その一時のものをいつやめるべきか。その供給を他国に頼らず、自分で供給する方法をどうして得るのか。これを今予想することはとても難しい。

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