第5話 二編 2

 人は同等であること(の続き)


 それなのに、幕府政府のことをお上様とあがめ、お上の御用であれば馬鹿に威光をふるうだけではなく、道中の旅館でただ食いはする。川場では金を払わない。人足に賃金を払わない。ひどいものになれば、旦那が人足をゆすって金を取り、それで酒を飲む、ということまである。悪事の限りを尽くしていると言える。あるいは、殿様の趣味でやたらにものを建築するとか、また、役人が計ってよけいな行事を行い、無益に金を使う。そして費用が足りなくなれば、いろいろと理由をつけて税金を上げたり、御用金を言いつけたりする(御用金――臨時の費用を金持ちから徴収すること)。そして役人はこれを「国の恩に報いて当然だろうが」と言う。そもそも、国の恩とは何を指すのか。百姓町人が安穏に家業を営み、盗賊殺人の心配をすることなくくらすのを、国の恩と言うのだろう。そのように安穏とくらせるのは政府の法があるからだが、法を設けて人民を保護するのは政府の仕事であって、それをするのが当然なのだ。して当然なことをして恩に着せるとは、道理に反することだろう。政府がもし、人民に対してその保護をもって恩とするのなら、百姓町民は政府に対しその税を出すことが恩になる。政府と人民は同格ならば、恩と恩でおあいこではないか。どうして恩を着せることができようか。政府がもし人民の訴訟をお上のめんどうと言うならば、人民も言えばいい。「一〇俵作った米のうち五俵を年貢としてとられるのはとてもめんどうで迷惑である」と。いわゆる売り言葉に買い言葉できりがない。とにかく等しい恩があるのに一方が礼を言って、もう一方が礼を言わないというのは道理に反することだ。

 こういう悪い風俗の起源を尋ねると、人間は平等の権利を持つ、という大前提を忘れているというところに行き着く。貧富強弱の違いを悪い道具に用い、富強の勢いをもって貧弱な人民の権利を侵すという場合にまで至っている。だから、人は常に平等の権利を持つ、という大前提を忘れてはいけない。それは人間の世界でもっとも大切なことである。西洋の言葉で言えばこれをレシプロシティ(相互関係)や、エクアリティ(平等関係)と言う。初編のはじめに言った、万人は平等、とはこのことである。

 右(上)は百姓町人の味方をして、思うままに勢いをはれ、という議論だが、また他の一方から見れば別に論ずることがある。一般に人を取り扱うには、その相手の人物次第によって当然その法に加減をしなければならない。元来、人民と政府との関係は一体のもので、その職分を区別しているだけである。政府は人民の名代となって法律を公に示し、人民は必ずこれを守る、と固く約束したものである。例えば今、明治の年号を用いている人民は、現在の政府の法に従うと約束した人民である。だから一度でも国法に定まったことは、たとえ一人に対して不便であってもこれを容易に変えることなどできない。これは謹んで守らなくてはならない。それは人民の職分であるからだ。しかし無学文盲で道理の「ど」の字も知らず、身に覚えている芸と言えば、飲む食う寝る遊ぶだけで、そんな無学のくせに欲は深く目の前の人を欺いて、巧みに政府の法を逃れ、国法が何のためにあるのかも知らず、自分の職分が何なのかも知らず、子を産んでも教えることをせず、いわゆる恥も法の知らない馬鹿者で、その子孫が繁栄すれば一国の利益にならず、逆に害になるという人がごくまれにいる。こんな馬鹿者を取り扱うにはとても道理をもって諭すことなんかはできないから、不本意ながら力をもって脅し、一時の大害を鎮めるより他に方法はない。

 これが世に暴政府がある理由である。わが旧幕府だけでなく、アジア諸国は古来みんな同様である。だから一国の暴政は必ずしも暴君暴吏のしわざによるものではなく、その実は人民の無知より自らが招く禍なのである。他人をそそのかして暗殺を企てる者もあれば、新法を誤解して一揆を起こす者もいる。強訴を理由に金持ちの家を壊し、酒を飲み金を盗む者もいる。その行動は人の行いとは思えない。こんな賤民を御するには、釈迦も孔子も名案が浮かばず、頭を抱えるか、両手を上げることしかできないだろう。人民がそれだから、どうしても過酷な政治になるのである。だからあえて言う。人民がもし悪政を嫌うのならば、ただちに学問を志し、自らの才徳を向上させ、政府と比べて同位同等の位置に登るしかない。これが余輩の勧める学問の目的と効果である。人民が学問をすれば、悪政はできるだけ避けられるのである。

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