コンビ名の由来なんて聞くんじゃなかった

そういうことは早く言って。いややっぱ言わないで

 いい加減このくそボロい劇場に通うのも飽きた。


 毎日毎日バイトして、時間になったら劇場に来て、仲いい芸人とだべったらはい、出番。正直ネタ合わせとかもうしなくても覚えてるし。何百回同じネタやったと思ってんの。ほんと。


 ていうか楽屋にあるイス限られてるのマジで意味がわからん。この劇場最大30組とか出ることあるくせに、なんでソファー2個と丸イス3個しかないの?夏はまだ良いけど、冬は床に座るの尻が冷たいんですけど。


 しかもイスに座れるのは芸歴が長い人から。別に面白くないのにだらだら芸人続けてる、たいして面白くないヤツら。


 あんなヤツらより、あいつの方が絶対絶対絶対面白いのに。


 今はまだ若手メインの劇場の中の上くらいだけど、もう少ししたら絶対売れてやる。あいつは、絶対誰よりも面白いんだから。


 まだ売れてないのは、そう。あいつを活かしきれてない私のせい。わかってる。


杏子きょうこ、出番終わった?飲み行かない?」


「あ、すみません誠二せいじ待ってるんで」


「ほんとに仲良いね~付き合ってんの?」


「はは、まさか」


 この手の質問ももう飽き飽きだ。男女コンビだからって、色恋沙汰にならなきゃいけないのか?最近テレビでよく見る男女コンビのあの先輩も、こんな風に聞かれていたのだろうか。面倒だったろうな。


「あ、今度企画ライブやるんだけどさ、出てくれない?」


「どんなライブですか?」


「コンビ名からひも解く、コンビヒストリーってやつ。サルビア由来なんだっけ」


「相方の名前が誠二せいじなんで。セージってサルビアの英名らしいです」


「杏子入ってないじゃん」


「ま、私はおまけなんでセージの」


 ほんとにそう。私はサルビアというコンビのおまけ。面白いのは相方だけだし、私には芸人やるような明るさもコミュ力もない。というか、社会に適合できなくて芸人になったようなもんだしね。


 テレビの前で憧れたあの芸人さんみたいに、私はなれない。


「じゃあ出演にしとくよ?明後日ね」


「え、すぐですね。まあ、空いてるんですけど私も相方も」


「どうせ暇だろうししオッケーだと思って」


「いや、玉ねぎ炒めるのに毎日忙しいので」


「定食屋のバイトじゃねーか」


 正直向いているかどうかは別として、芸人という職業自体は好きなのだ。こんな面白くもなんともない先輩とのやりとりも、心地よいと感じてしまう自分がいる。楽屋を去っていく先輩を見送ると、残ったのは自分だけになった。


 あいつはまたスタッフさんと長話中だろうか。私と違って、根明でコミュ力の塊みたいな人間だし、芸人にも裏方さんにもめちゃくちゃ好かれているからしょうがない。あーあ、床が冷たい。


「おまたせ~ってあれ、不機嫌?」


「なんで」


「今大沢おおさわさんとすれ違ったから」


「大沢さんかわいそうだな」


 やっと楽屋に姿を現したのは、ライブが終わってから30分経ったあと。初めてやらせてもらえることになった単独ライブの打ち合わせしよって言ったのはあんただろうが。


「明後日企画ライブ出るんでしょ?今大沢さんに聞いた」


「そう。コンビ名の由来だって」


 つまんなそうだよね、と言うと、誠二は笑った。


「ねえ、コンビ名ってサルビアの英名がセージだから、で良いんだよね?」


「うーん、まあ、そうなんだけど」


「なに、他になんかあんの」


「あるといえばあるし、ないといってもある」


「じゃあさっさと言えや」


 誠二とは養成所で出会い、コンビを組んで6年になるが、コンビ名に関しては誠二に丸投げした。ネタを書く能力は全くないが、一発ギャグや大喜利は得意だし、私よりセンスの良いコンビ名をつけてくれるかも、と思ってのことだ。


 正直花の名前を持ってくるとは思わなかったし、中卒の誠二から英名、なんて言葉が出てくるのも意外だったけど。


「俺、ばあちゃんが花屋やってるんだけどさ」


「ちょっと待って、初耳なんだけど」


「え、うそ、知ってると思ってた」


「いや言われなきゃ知らないでしょばあちゃんの職業」


「その花屋たまに手伝っててさ、そこにサルビアがあって」


「しかも手伝ってるんだ」


「その赤色がりんごに似てて、杏子アップルティー好きだったなって」


「そうはならなくない?」


「しかも、花言葉は尊敬だよ、ってばあちゃんが教えてくれたから」


「はあ」


「俺、杏子のこと面白くて尊敬してるからさ」


 あと横のプレートに英名、セージって書いてあったからちょうど良いなって思って、と照れ臭そうに笑う。


 なんでばあちゃんが花屋やってるの6年も誰にも言わないの、とか、しかも手伝ってるの?今も?とか、言いたいことはいっぱいあるけど全然まとまらない。いや、なんかまだ照れてるけどさ、私の方が恥ずかしいんだけど。こんなとき面白い返しができない自分が嫌いだ。


「ねえ、そんなの明後日のライブで言わないでね」


「なんで!?めっちゃいい話じゃない?」


「面白くないから」


 逆に私がこんなコンビ名の由来聞いてて正気でいられると思うのかこの男は。大沢さんに、いや杏子入ってるじゃん、とかライブでいじられたくもないし。


「あ、ねえ、間違えてたわ」


「何が?」


 ほら、とスマホの画面を目の前に突き付けられる。いや画面近くて何も見えませんけど。


「尊敬の花言葉は、紫色のサルビアだって。色によって意味違うっぽい」


「おい。いい話はどこいった」


「でもさ、赤は燃ゆる思い、エネルギーだって」


「だからなに」


「まさに杏子ぴったりじゃない?」


「無気力女芸人でやってる私が?」


 キャラ付けというよりは、これまでの人生でお亡くなりになった表情筋のせいだからほぼ素だけど。


「だって、誰よりもお笑い好きじゃん」


 ね?と誠二が笑う。わかったからスマホを私の顔から離してくれ。


「わかった。由来話して良いよ」


「え、いいの?あざーす」


「ただし、花言葉間違ってたってとこまでね。ほんとの意味はいらない」


「赤色のサルビアの花言葉は?って聞かれたら?」


「アップルティーとか言っとけば」


 誠二は不服そうな顔をしているけど、こんなの私だけ知っていればいい。


 不服にも久々に仕事をした私の表情筋とやる気と一緒に、赤色のサルビアの花の花言葉は、ばれるまで隠しておくのだ。





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