モノ忘れ探偵とサトリ助手【コメディ】

沖綱真優

コメディ

「彼女ですよ、彼女」


 探偵である正木善次郎が、長らく背もたれに預けていた身体を起こして興奮した様子で言った。

 正木の興信所で雇われている助手の中島健太は、資料整理をしていたテーブルの傍らで小さく首を傾げた。


「三人称で分かるほど、僕の能力は高くありません。先生、ほかに何か、ありませんか」

「彼女は……優れたコメディエンヌです」


 コメディエンヌ。

 少なくとも女優である事は判明したが、それにしたって国内だけでも千人やそこらで済むまい。

 健太は正木探偵のデスク側まで寄って、じっと見た。

 正木善次郎は視線を真っ向から受け止めて、それから、ぎゅうと閉じて、更に両手で顔を覆ってしまった。


「先生、過去の出演作品を教えてください」

「そう、ですね……。模……範囚、三日目の……カレー、空飛ぶ……スズメ……でしたかね……」


 くぐもる言葉は弱々しい。

 古い作品なのか健太が知らないタイトルばかりだ。

 いや、何となく聞いたことがある気はするが、例によって記憶違いか言い間違いが混ざっているに違いない。

 特に固有名詞に関しては、正木先生の言葉を安易に信じてはいけないのだ。


「ドラマか、映画、にしても、先生がパッと思いつくだけで三つもあるのですから、有名な方ですよね。

 コメディ作品が多いのですか?」


 探偵は後ろ頭を軽く——頭髪がズレないように慎重に——叩くと、顎をさすった。


「いえ、彼女は本当に素晴らしい女優でして、先ほどの作品はいずれもシリアスな映画なのですが、存在感を示していました。

 そもそも喜劇というのはただ人を笑わせるだけでなく、人生や世相に対して風刺を利かせ、行き過ぎた負の感情が醸し出す滑稽さを描く作品群であり、演者に対しても人生への深い洞察と人間観察が求められます。

 若い頃にグラビアで活躍していた女性で、俳優への転身を遂げる方は多くいますが、私の中では彼女が一番ですね」

「ちょっ」


 話すうちに滑らかになった先生の口から、ぽろりと次のヒントが飛び出した。


「元グラドルで女優……もしかして」


 ニュースと経済番組を主に視聴する正木先生が、リアルタイムで観るドラマがある。

 健太はスマホを操作した。

 想定される『彼女』の写真を現在出演中のドラマから選んで——主要人物のため、すぐに見つかった——拡大し、先生に突きつける。


「この方ですよねっ」

「彼女ですっ彼女ですっ」


 先生は子どものように大はしゃぎして、


「この事件の犯人は、彼女に似た女性です」

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