四つ馬邸での激闘

ヰ島シマ

四つ馬邸での激闘

「はい、じゃあカメラ回しまーす。十秒前ー……八、七、六、五秒前ー、四、三……」


 庭で神妙な顔付きをして並ぶ演者たちを見て、あたしはニヤけが止まらなかった。



 あたしは霊だ。

 七年前に車にかれて死んだ。不慮の事故というやつだ。


 あのテレビの取材班がこの一軒家を訪れた理由はズバリ、ここが俗に言う”お化け屋敷”だからだ。それも全部、あたしのせい。住人の目を盗んではテーブルの上の食器を動かしたり、住民が身支度を整えてる時に鏡にぼんやりと映ってみたり……フフッ、自分がされたら超絶嫌なことをしまくってる! そうして住民を心底ビビらせては、引っ越しまで追い詰めてるんだー。


 なんでそんなことするのかって? 特に理由はないけど、強いて言うなら暇だからかな。

 原因は分からないけど、あたしはこの家の敷地内から出られない。家を出るまでは問題なく進むことができるんだけど、門から先へ抜けられないの。外へ行こうと足を踏み込むと、次の瞬間には家の中に戻ってる。何度も挑戦したけど、どう足掻あがいてもこの家からは逃げ出せない……だったらいっそのこと、考えないようにするしかないじゃん。

 あたしはもう死んじゃったんだ。家族の元には帰れない。幽霊になって一番つらいことは、他人に認識されないことだ。誰かからの反応がないとさびしさに押し潰されそうになる。自分がここにいるっていう証明が欲しい。


 幸い、物には触れられるし、電子機器も操ることができる。

 世に起こる心霊現象は、もしかしたらあたしみたいな寂しがり屋の幽霊によるものかもね。同じ気持ちの仲間がいる思うと、少しは気持ちが楽になる。七年も”おどかし”を続けてると、新しい住民をどのくらいの期間で追い出せるか一人タイムアタックを開催しちゃったりする。

 こんな不良物件でも意外と新規入居者が集まるのよ。謎だよね? まぁ、結構な土地の庭付き一軒家が投げ売り価格で設定されてるんだから、気にしない人にとっては優良物件なのかな。



「―― 今日私達が訪れたのは、近所では有名ないわく付きのお宅……”てい”です。一緒に家の中を回ってくださるのは霊媒師れいばいし小出川おいでがわ先生です。小出川先生、よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」



 っと、なんだか考え事してるうちに先生の紹介まで進んじゃったよ。

 小出川先生ねぇ……しわくちゃな坊主頭のおじさんにしか見えないけど………………うさんくせぇ〜!


 霊媒師ってさぁ、適当に宙を指差して”あそこに霊がいます”って言っとけばだませるやすい商売だよね。 あたしは信じないよ!

 どうせ今だってさぁ、目の前にいるあたしに気付かずに適当な所に向かって、”とんでもない霊がいますね”、とか言うんでしょ?



「先生、この四つ馬邸に現在霊は……」

「いますね。中に物凄いのがいます」



 ハイでたーーっ!!

 内容まったく同じ台詞いただきましたーーっ!!


 やっぱこの先生は偽物かぁ。あたし以外にこの家に住みいてる幽霊なんていないんだからさ。


 まぁいいや。テレビにと思うとワクワクするよねっ、いっちょやったりますか!

 イェーイッ、お母さんお父さん飼い犬のダイフクちゃんッ、あたしが出てる番組見てる見てるーーッ!? 今からテレビクルーに最強の恐怖体験をお届けしちゃいまーーす!!



◇◇◇



 はい、まずは第一ステージの玄関でーす。

 演者とクルーが全員屋内へ入ったら、外から玄関の戸をノックしまーす。



 ”コンコンッ”



「うぉっ!?」

「ひぃやっ!? いっ……いま外から扉叩かれなかった!?」

「えっ、えっ!? 全員中にいますよねっ!? あぶれたスタッフさんがやったとかっ……!? おっ、小出川先生!?」

「これは霊からの合図ですね。我々との接触を図っています。実害はないので先に進みましょう」



 カメラマンとグラドルのお姉さんたちの反応はいいけど……先生のこなれ感なに!? サラッと流されると傷付くんですけど!?

 許せん……絶対に泣きを見せてやる……!



◇◇◇



 はい、次はリビングー。前の住民が放置してった家具がそのまま残ってまーす。

 あの一家、あたしのイタズラに相当ビビってたからね。最低限の物以外は全部置いてっちゃたんだー。フフ……どう調理してやろうかな!



「イ”ッ!? せせッ、センセッ……!! あああそこのテレビがついたり消えたりしてッ……!?」

「おい、カメラあっち映して……!」

「ここ電気通ってないはずじゃ……!? じゃんっ……こんな仕事受けるんじゃなかったぁー!!」

「実害はありません。気を乱さず、次の部屋へと進みましょう」



 くそぉ、ダメかぁ……。明らかな心霊現象を起こしてるのにこの平常心……やるじゃない!

 相手にとって不足なし! 次こそはっ!



◇◇◇



 フフンッ、ついに来たね二階の北側の部屋!

 ここは方角的に日当たりが悪い上に、庭に生えてる大きな木が影を作ってメチャクチャ薄暗くて気味の悪い部屋なんだー。この場所で勝負に出れば、流石のおじさんもビビってお経とか読んじゃうでしょ?

 ざぁこ、ざぁこ♡ 気取ってないでさっさと退散しな♡?



「えーっ……グスッ……こ、この部屋は、四つ馬邸で最も心霊現象が起こると言われている場所で……昼夜問わず、天井を駆け回るような足音が聞こえたり……足場のない高所にもかかわらず、窓の外から人の影が見えたりと……」

「イヤッ……もう怖いっ……わたし帰りたいっ……!」

「途中で別行動を取ると霊の標的にされますので、もう少々辛抱してください。最後にはらいの儀を用意していますから」

「うぅぅ……なんでこんなことにっ……!」



 イイネイイネ〜! お姉さんたち最高にいい反応よ〜!?

 カメラマンとかディレクター? みたいな人たちも強張こわばった表情してるし、こりゃ先生を落とせばコンプリートだな!


 さぁて……ご注文の、”窓の外から人の影”を…………ん?



『■■■■■■』

「ヒッ―― !?」



 グラドルのお姉さんの一人が息を呑んだ音に、あたしも硬直した。

 あたしが今まさに移動しようとしていた窓の向こう側で、顔が風船みたいに膨れ上がった人間のようながこちらを覗いていたからだ。


 そいつは言葉にならない声を発した。子供がかなでる甲高い悲鳴に似た不快な声色に、テレビクルーたちは阿鼻叫喚のうずに飲み込まれた。

 クルーはそろって部屋を脱出しようと、出入り口の扉へ我先にと押し寄せた。

 同じ幽霊であるあたしですら恐怖心を抱く異形の存在に対し、唯一おじさんだけが正面切って立ち向かった。



「アー、ダルナー、メン、ハー、ベン、カー、サタタリ、サマタリ、ナルタタヤー――」

『■■、■■■、■■■』

「ハルダー、カタタリ、カラタリ、サンギー――」

『■■■■■、■■■、■■■、■■■、■■■』

「ホンドルヤー、ミー、ベータルヤー――」



 おじさんが妙な呪文みたいなものを唱えると、窓の外の霊は頭を振り乱しながら奇声を発して壁を通り抜け、部屋の中へと侵入してきた。


 ……もしかしてこれ、マズい状況?

 いやあの、この家にあたし以外の霊がいたこともビックリだし、ってかあたし今までずっとこいつに気付かずに家で暮らしてたってことだし、えっ、なんか色々怖くなってきたんですけどっ!?

 こんなヤバげな同居霊とかマジ無理無理無理っ!! おじさん祓って絶対祓って負けるなおじさんっ!!


 私の応援むなしく、風船頭の霊はおじさんの首を引っ掴んでめ始めた。



「ぐっ……!!」

『■■■■■、■■■■■、■■、■■、■■』



 オワワッ……! おじさんが宙に浮いてるっ……!

 どうしよこれっ、他の人たちは下の階で騒いでるしっ……ええいっ、ままよっ!! 生前きたえた陸上部の全力タックルを食らえっ―― !!


 あたしは風船頭に向かって走り出し、奴の腰めがけて自分の左肩を思い切りブチ込んだ。


『■―― 』

「っ……!! ゲホッ、ゲホッ……!!」

『おじさんっ、早くあの呪文みたいなの唱えて!! 早く!!』

「ぐっ……! ―― エンジー、タン、ホツ、タンタリー――」

『■、■■■、■、■■、■、■、■――』



 息も絶え絶えなおじさんがまた呪文を唱え始めると、風船頭は頭を抱えてブルブルと震えだし……そして、透明になって消えた。



 おじさんは深い溜息を吐いた。

 たぶんこれで……終わったんだと思う。部屋の空気が軽くなったのが分かる。風船頭は消滅した。

 あたしのイタズラとは違って明確な殺意を持っておじさんを攻撃したから、良くない霊だとは思うんだけど……生きてる人たちから見たら、あたしと風船頭に大差なんてないんだろうな。人に危害を加えるって判断されたら、いつかあたしもああやって消される。

 やっぱり、霊媒師ってロクな連中じゃないな。協力しない方がよかったかも。



「お、小出川センセ……ダイジョブ、ですか……?」

「ええ、驚異は去りました。もう大丈夫です。この家の住民を苦しめていた霊は消滅しました」



 異変のおさまりを察してか、一列になって二階へ上がってきたテレビクルーが部屋を覗き込み、筆頭のディレクターがおじさんに恐る恐るといった様子で声を掛ける。



「あの悪霊は一体なんだったのでしょうか……? 地縛霊というやつですかね……」

「……私は霊の心を読み取ることができます。”第六感”と呼ばれるものでしょうか……あれが何だったのか、私も詳しくは説明できません。心を読んだところで、彼がああなった経緯までは知ることができませんから。今回は霊が暴走していたため消滅させる他ありませんでしたが、私は力尽くで祓うばかりが除霊ではないと考えています。時には彼らの想いに耳を傾け、双方に害のない選択を取ることも大切なのです」

「は、はぁ……そうですか……それにしても、いい絵が撮れましたねぇ〜!! 心霊現象や霊とのバトルが収められたこのテープっ、局も喜ぶぞ〜!!」



 ディレクターの嫌らしい笑顔に、おじさんは顔をしかめていた。


 その後、テレビクルーは他の部屋も一通りカメラに収めてから撤収の準備に入った。一応この家の霊は消えたことになってるから、さっきみたいに驚かせたりはしない。

 庭に出ておじさんにお祓いをしてもらっている間、グラドルのお姉さんたちはワンワン泣きじゃくってた。

 全力タックルかましたせいか、あたしもなんか疲れちゃったな……しばらくは新しい住人が来ても大人しくしとこうかな。表立った騒ぎを起こして祓われたくないし。


 みんなが足早に門の外へ逃げる中、おじさんだけは家を振り返った。

 首にはくっきりと風船頭に絞め付けられた跡が残ってて痛々しかった。あんな目に遭っても平常心を保って撮影を続けるなんて……本物だったんだね。


 やるじゃん、



「君も、イタズラは程々にしておきなさい」

『……えっ』



 おじさんは確かに、あたしの目を見て言った。

 ……なんだ、気付いてたんじゃん。

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