私と先生の話

七野りく

悩める先生の第六感

「ぐぬぬ……うぐぐ…………何故だ。何故、言うことを聞かんっ。お、おのれぇぇぇ…………ならば、こうしてくれるっ!」


 髪を掻き乱しながら、先生がパソコンを高速でタイピングしている。

 〆切間近なので、今日はずっとこんな感じ。折角の土曜日なのに、個人事業者は大変だ。

 でも、時刻は夕方18時半。

 ……そろそろお腹が空いてきた。

 なので、私は温泉雑誌をテーブルへ置き、容赦なく声をかける。


「せんせー。私、お腹減りましたー」

「――……うぬ? もう、そんな時間か……」


 タイピングの音が止まり、先生が振り返った。

 古い眼鏡に、乱れた黒髪。決して整っているとは言い難い顔には色濃い疲労。

 ラノベ作家――個人事業者はとっても大変なんだ、と再認識する。

 考えてみれば、先生は自分の指だけで、同年代の平均年収の云倍を稼ぎ出しているのだ。う~ん……楽して、お金は稼げないんだなぁ。


「……やっぱり、大学を卒業したら即、先生のとこに就職するのが一番良いかも……」

「? 今、何か言ったかね?」

「んーん。なんでもないでーす★」

「そうか……」


 先生は訝し気ながらも立ち上がった。

 私は先んじてキッチンへ向かい、勝手知ったる何とやら冷蔵庫を開け、中身を確認。買い出し前なので寂しい。

 背中越しに先生が覗き込んで来た。ちょっとだけドキドキ。

 私だって女なわけだし? もう二十歳になったわけだし? これでも、学内ではそれなりに知られるくらいには容姿も整っているわけだし?

 ――なので、先生にもドキドキしてほしい。

 そんな淡い願望を持ち、振り返ってみる。

 けれど……普段と何ら変わりなし!


「ふるさと納税で取った餃子があるな。米を炊いて、餃子定食で良いだろう」

「りょーかい。ビールはー?」

「……飲まん」

「飲めない、じゃなく?」

「――……飲まんっ」


 先生はしかめっ面をし、そっぽを向き、野菜を取り出した。

 クスクス、笑いながら私も冷凍餃子を取り出す。

 フライパンに並べながら、野菜を親の仇の如く切っている先生へ尋ねてみる。


「そう言えば、さっきぶつぶつ言ってたけど、どうしたんですかー」

「――……キャラが勝手にプロットを捻じ曲げただけだ」

「あ~……何時も通りですねー。でも、辻褄合わせが大変になるんじゃ?」


 これまたふるさと納税で取り寄せた胡麻油をフライパンに敷く。良い匂いが立ち込める。

 薬缶に火をかけ、温めておく。

 先生がボウルに切った野菜を荒々しく入れる。


「だが――……そちらの方が面白くなるっ! 私の第六感がそう告げているっ!!」


 私は餃子を並べる手を止め、隣の先生を見つめた。

 ちょっとだけカッコよく見えるのは、惚れた弱みか。私に惚れてほしいんだけど?

 意地悪をしたくなり、呟く。


「第六感……先生」

「何だ」

「去年の年末の有馬」

「………………あれは、ファンファーレを聴きに行ったのだ。決して、勝とうと思ってなぞ」

「ふぅ~ん。単勝1.2倍だけ買ってたのに?」

「うぐっ!」


 先生が呻く中、満足した私はフライパンを火をかける。

 餃子が音を立て始める中、先生も鍋に水を張り温め始めた。

 恨めしそうに愚痴を零す。


「……君、どうして、そう意地が悪いのだ? 男にモテんぞ?」

「残念ながら、モテてまーす。この前だって、合コンの誘い、来たんですよ? いるだけで良いから、って」

「ほぉ。で? 感想は?? 是非、聞かせてほしい」


 湧いたお湯に玉ねぎ。次いで、溶き卵、中華だしをさっと入れた先生が淡々と聞いてくる。

 ……そこは、狼狽してほしいところだ。

 もしくは御自慢の第六感で、諸々察してほしい。この鈍感作家っ!!!!!

 餃子の焼け具合を確認し、目分量で薬缶のお湯を注ぐ。


「ぬぉっ! い、入れるなら注意喚起をだな――」

「行かなかったら分かりませんっ!」

「そうか……残念だ。ならば、自分で体験する他」

「ダメです」


 叫びつつ、フライパンに蓋をし、荒々しく炊飯器を開ける。

 ――こういう時も、新米は何時だって美味しそうだ。

 先生も中華スープをよそっていき、プレートに茶碗を置いた。

 二匹の猫が向かい合って座っている。


「――……えへ」


 思わず、声が漏れた。

 先生と出会って早七年。

 ようやく、茶碗やお箸、湯飲みをお揃いに出来た。

 外堀は確実に埋まりつつある、と言っても良い筈だ。

 ……なので。


「今年は内堀も埋めないとですねっ!」

「? 今、何か言ったか??」


 蓋を取り、餃子を大皿に取り出した先生が聞いてきた。

 ……やっぱり、この人に第六感はないと思うし、当分はない方が良い。

 私は満面の笑みを浮かべ、頭を振る。


「何も~♪ さ、早く食べましょう、食べましょう。その後は、FPSゲームでもします?」

「出来るかっ! 〆切は今日中。つまり、本日の23時59分59秒が第一〆切。最大限見積もれば、翌朝となろう。……負けられぬ戦いが」

「はいはい。運びますよー」

「…………最後まで言わせてくれても、良いだろう?」


 先生が拗ねた顔になり、トレイを持った。

 私はますます上機嫌になり、その後を追う。


 ――これは、私と先生の何でもない日常のお話。

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私と先生の話 七野りく @yukinagi

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