メイロス・チェインズ

棚霧書生

第六感

 類は友を呼ぶ。クズはクズを呼ぶ。一匹見かけたら周りにはさらにいる。

「失礼な話だ。人をゴキブリのように言って」

 ムカゴは不機嫌そうに携帯型固形食料をかじる。一口で半分が口の中に消えた。ニメートルを超える大柄なムカゴは口のサイズも大きい。

「その言葉を贈った人は聡明だったんだろうね」

 サザルカは微笑みながらも平気で嫌味を飛ばす。サザルカとムカゴが相棒を組んでチェインしてから約一年が経過しており、サザルカはムカゴの性格をある程度、把握していた。

「あいつが聡明であったならメイロスなどには来ていないだろう!」

 ムカゴが大口を開けて、豪快に笑う。

「それもそうだ。でも、その言い方だと僕らもおバカさんってことになるよ?」

 現在、ムカゴとサザルカが野宿している場所はメイロスと呼ばれる特殊隔離地区の果てであった。

「まさか自分が愚か者ではないとでも思っているのか?」

 サザルカはキョトンと目を丸くした後、キャッキャッと甲高い笑い声を漏らした。サザルカの独特の笑い方をムカゴは興味深そうに観察する。

「そんなに面白いか? 今のはただサザルカの真似をしただけだぞ」

「僕、そんなに皮肉っぽいかな」

 先のムカゴの言葉は、サザルカの琴線に触れたのか、サザルカはしばらく笑っていた。しかし、クシュンッというサザルカのクシャミで笑いは途切れた。

「メイロスの夜は冷える。こっちへ来い」

 ムカゴが両腕を広げている。サザルカは慣れたようにムカゴに近づいた。

「メイロスじゃなくても夜は冷たいものだよ」

 サザルカはムカゴの足の間に腰を下ろした。

「ムカゴは体温が高いよね」

「サザルカより筋肉があるからだろう」

「僕の体はペラペラだって?」

 ムカゴは少しの間、黙り込む。ムカゴは親指と人差し指で輪っかを作ると、その中にサザルカの手首を収めてみせた。

「ペラペラではないが、サザルカは私よりよほど痩せている」

 ヒュウと風が吹く。ムカゴは腕の中のサザルカが震えるのを感じ取った。なるべくサザルカの体温が逃げないようにムカゴが覆いかぶさる。

「メイロスから出たい」

 サザルカがつぶやく。

 メイロス、正式名称は第五特殊隔離地区メイロスレインズ。ここにいるのはほとんどが犯罪者、さもなければ頭のおかしい物好きだけ。

「私も脱出を考えている。だから、サザルカを選んだ」

 メイロスは社会から不必要な存在を追い出し、閉じ込めておくためのだだっ広い監獄のようなものだ。出るためには、ある条件を満たす必要がある。ムカゴとサザルカがともに行動しているのはその条件を満たすため。

「どうして、僕と相棒を組んだチェインした?」

 “チェイン”、それはある特別な力を持った者同士で交わされる契約のこと。チェインした相手とは一蓮托生。どちらかが死ぬまで契約が解除されることはない。

 サザルカが返事をしないムカゴに焦れたようにもう一度、同じことを尋ねる。

 ムカゴは話を終わらせるために遠くを見て無言を通した。そして、ある重大なことに気がつく。自分たちを狙った弾丸が空気を切り裂きながらこちらに向かってきていることに。

 ドチュンッ……!

「なにっ!?」

「敵襲だ」

 ムカゴは弾丸が到達する前にサザルカを抱えて飛び退いていた。弾丸が発射された方向から見えないように近くの木の陰に隠れる。

「一体どこから?」

「周囲より少し小高くなってる場所があるのがわかるか? 音の方角からして敵はおそらくあの辺りに潜んでいるのだろう。おっと、頭は出したら駄目だ」

 ムカゴはサザルカの頭を鷲掴んで止める。チュンッ! と音を立てながら、弾丸は木の肌をえぐり、サザルカの目と鼻の先を横切っていった。

「暗すぎてわからない」

「夜だから、それも仕方あるまい」

「相変わらず凄いね。ムカゴの『超感覚』は」

 『超感覚』それがムカゴの持つ特別な力。あらゆる感覚器官がムカゴは異常に発達している。鷹のように何百メートルも先も見通し、それでいて暗闇でもはっきりとモノを視認する。ムカゴにとって、敵の居場所を把握するだけなら赤子の手をひねるより簡単なことだった。

「サザルカ、“チェインアップ”はできるか?」

 ムカゴがサザルカの顔を覗き込むようにして尋ねる。サザルカは苦笑いで答えた。

「一分なら……」

「充分だ。敵との距離は約二百メートル。サザルカなら三十秒で片がつくだろう」

「うん……。わかった」

 サザルカは穏やかに笑う。しかし、ムカゴはサザルカの心拍と声の震えの変化に気がつかないほど耳は悪くなかった。

「やらなくてもいいのだぞ? “チェインアップ”はサザルカの方が体の負担が大きい」

 サザルカは一瞬だけ考え込むように目を瞑る。そして、すぐさま首を横に振っていた。

「いや、やるよ。やろうよ。ポイントを稼ぐチャンスだ」

 サザルカの瞳が爛々と輝く。メイロスを出るために必要なもの。それはポイント。犯罪者同士をぶつけ合わせるために考え出された、よく出来た制度。

 メイロスに連行されてきた者にはそれまでに重ねた罪状や出自、年齢などさまざまな項目から査定され政府からポイントが割り振られている。

 ポイントを貯めて、関所までたどり着ければ晴れて自由の身。しかし、このポイントを貯めるのが恐ろしく難しい。

「僕もムカゴも第一級罪人だから、ポイントを稼ぎたい奴らは積極的に狙ってくる」

「一級を屠れば、メイロスから出られるだけのポイントが一瞬で手に入るからな」

「やられる前にやる」

 サザルカは自分の中の狩りのスイッチを入れていく。鋭い眼光でムカゴを見上げ、スーッと肺いっぱいに息を吸い込む。それが合図。

「「“チェインアップ”!!」」

 二人で叫ぶのとほぼ同時にサザルカは木の影から飛び出し、敵のいる方向へと全力で走り出している。

ドチュチュンッ!

 弾丸がサザルカ目がけて飛ぶ。飛ぶ。サザルカは最小限の動きですべてを避けていく。あっという間にムカゴが言っていた小高くなった場所にたどり着き、狙撃してきた敵を見つけた。サザルカは銃を持った相手に丸腰で歩み寄る。

「ひっ……死ねッ! クソッなんで当たらねえ!?」

 ドッ! ドッ! カチンッ……

 敵は狙撃銃を手放し、拳銃でサザルカを狙って何度も何度も撃った。しかし、当たらない。

「ハハッ、いつ見てもムカゴの眼は気持ち悪いくらいクリアに世界を映してくれる」

 サザルカは恍惚の表情で片手を顔に持っていき、目尻の下の辺りを人差し指で撫でた。

「こんなのッ人間じゃねえ! 化け物ッばけもっあがッ!?」

 サザルカは敵の首を片手で掴み、持ち上げる。

グギッ

 サザルカは先程まで人だったものを投げ捨てる。サザルカの耳にはムカゴがこちらに走ってくる音が鮮明に聞こえていた。いつもより細かく詳しく聞こえる音はサザルカがムカゴの聴力を借りた状態がいまだ続いていることを意味していた。

 ムカゴがサザルカの目の前まで来る直前。サザルカはなにか嫌な予感がした。第六感が働いたとでもいうのだろうか。

 地面からのカチッという音を耳で感知するか、それよりも前にサザルカは動き出していた。

 サザルカは自身の持つ力『神体能力』を発動する。これでサザルカは人間離れした神の如き身体の動きを発揮することができる。

ドッゴオオォン!

 サザルカがムカゴを担いで、走り出してすぐ、背後で爆発が起こった。


 類は友を呼ぶ。クズはクズを呼ぶ。ここメイロスにおいては実に真理をついた言葉だとサザルカは思った。メイロスでは第一級罪人は悪い意味で人気者で、どこに行っても殺意の的にされる。

 サザルカはため息をつく。サザルカは爆音で気を失ってしまったムカゴを抱えて森に入っていた。木の根を枕にして寝かせてやり、ムカゴが起きるのを横でじっと待っている。

「……うぅ」

 ふいにムカゴが苦しそうな声を漏らす。

「大丈夫、ムカゴ?」

「耳が痛い……」

「爆発音をもろに聞いたからね」

「鼓膜が破れたかと思ったぞ」

「僕も“チェインアップ”が切れていなかったら気絶していた」

「そうなっていたら私もサザルカも殺されていたか?」

「たぶんね」

 ムカゴはなにかを言いかけた。が、結局ムカゴは口をつぐむ。

「僕はムカゴを殺さないよ」

 サザルカにはムカゴがなにを言いかけたのか察しがついていた。

「私は、あぁ、そんなに顔に出ていたか?」

「ううん、全然。正直、ムカゴが寝てる間ちょっとだけポイントのこと考えてたから」

 サザルカがムカゴを殺せば、その分のポイントが手に入る。

「よかったのか、メイロスから出たいのだろう?」

「出たいよ。だけど、ムカゴは殺さない」

「チェインだから情が湧いたか?」

「それもあるかな。でも一番の理由はムカゴが僕を選んだからだよ」

「私がサザルカを選んだから?」

「どうして僕をチェインに選んだのか、どうしても気になってね」

「それは私が答えを教えたら殺されてしまう可能性があるということか?」

 ムカゴが冗談っぽくサザルカに聞く。

「殺さないって。……せっかく僕を選んでくれた人だから」

 サザルカは言っていて恥ずかしくなってきたのか、頬を赤らめている。ムカゴとサザルカはお互いにしばらく沈黙した。

「強いて言うのなら第六感だ」

 予想外のムカゴの回答にサザルカは固まった。

「なんだその顔は私は『超感覚』の持ち主だぞ? 感とつくものには誰よりも自信がある」

「え、そうなんだ、ふっふふっきゃふふ!」

 サザルカは甲高い独特の笑い声を上げる。

「こうなると思ったから、あまり言いたくなかったのだ」

「ごめん。ムカゴって意外と直感派なんだなって」

 ムカゴがスネたようにサザルカからそっぽを向く。サザルカはムカゴが大きな体を少し猫背にしているのがおかしくて、可愛らしくて、飛びつきたくなる。

「ッいきなりなんだサザルカ!」

 サザルカはムカゴに抱きついていた。

「ナイショ。感で当ててみて?」

 ムカゴはなにも言わない。代わりにサザルカの髪をくしゃくしゃに撫でる。

 ムカゴはサザルカを見つけ出し選んだ自分の感覚が正しいのか、それはわからなかったが、やはり鋭いものではあったのだと心底感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メイロス・チェインズ 棚霧書生 @katagiri_8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ