第50話

夢をみていた。



ソレが出てきてからは見ていなかった、悪夢だった。



あたしの前に姿を現したソレは、もうあたしの知っている姿ではなかった。



沢山の人を食べ、大きく成長したソレは人間の倍の大きさがあった。



「やめて!!」



そんな悲鳴が聞こえてきて視線を向けると、夕夏が逃げていた。



夕夏は時折こけそうになりながら、必死でソレから逃げている。



しかし、それはほんの数歩歩いただけで夕夏に追いついてしまった。



ソレが細い指先で夕夏の首を掴み上げた。



夕夏の絶叫がこだまする。



夕夏は必死でもがいて抵抗するが、ソレは牙をむき出しにして夕夏の頭をかみ砕いた。



頭蓋骨がバリバリと音を立てて破損していく。



食いこぼされた脳味噌がボトボトと足元に振って来て、跳ねた。



血肉の臭いが周囲に立ち込めて吐き気がした。



「いや……いや!!」



次々に逃げ惑うクラスメートたち。



夕夏を食べたソレは更に大きく成長し、今度は梓を追い詰めた。



「きゃあああああああ!!」



梓の絶叫。



「梓!!」



ソレに手を伸ばして止めようとするが、ソレはびくともしない。



「やめなさい! 友達を食べないで!!」



懸命に叫ぶと、ソレがこちらを振り向いた。



当時のような可愛さは消え失せた、鋭利な目があたしを貫いた。



「や……やめなさい」



あたしは後ずさりをして言う。



この子はあたしのお腹から生まれて来たんだ。



あたしがご飯をあげていたんだ。



怖がる必要なんてない!



そう思うのに、声が震えた。



「た、食べるなら……あたしだけにして!!」



次の瞬間、あたしの視界は赤く染まっていた。



自分の体が掴み上げられて肩を噛み千切られ、血が舞ったのだ。



ソレがあたしの腕を美味しそうに粗食する。



じゅるじゅるという血を吸う音ではなく、バリバリと力強くかみ砕く。



「お……お母さんよ……?」



最後の勇気を振り絞ってそう伝えたが、ソレの牙があたしの顔面に突き刺さったのだった。



ハッとして目を覚ますと部屋の中は暗く、まだ夜中だということがわかった。



体全体を使って大きく深呼吸を繰り返す。



こんなに長く気味の悪い夢を見たのは初めてかもしれない。



しかも、やけにリアルで……。



「お母ちゃん」



そんな声が聞こえてきてあたしは息を飲んだ。



上半身を起こし、薄暗い月明かりで照らされている室内へ目を凝らす。



今、たしかにソレの声が聞こえて来た。



そして、やはりあの視線を感じたのだ。



「近くにいるんでしょ? お母さんを食べに来たの?」



震える声でそう聞いた。



しかし、返事はない。

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