第31話 たった1枠

 純に家まで送ってもらった遥夏は、部屋に戻った後、今日の出来事を思い出して恥ずかしそうに顔を押さえた。


「攻めすぎたかな」


 純と小説のネタ集めのためとはいえ、祭りデートをすることができた。純と今まで遊びに行ったことはあるものの、今日のようなデートっぽいことはしたことがなかった。ましてや2人きりで出かけるなんてことは中学生以来のことだった。


「いつもは龍樹も一緒だったもんな」


 遊びに行くと、必ずと言ってもいいほど龍樹と一緒についてくる。別に龍樹が付いてくることが嫌なわけじゃない。どちらかと言えば、2人きりだと緊張して話せなくなってしまいそうになるため龍樹がいるのは逆に良かったことだ。


 だけど、心のどこかで2人きりで遊びたいという感情が芽生えてしまった。理由は龍樹の姉である紗弥加が純に告白したこと、そして日頃から純と2人きりで出かけている一つ下の後輩夢花の存在だった。


 今のような友達以上恋人未満みたいな関係を続けることは遥夏にとって悪いことではなかった。いつか、自分が横に歩けていればいいと思っていた。だが、その2人は遥夏より純と過ごした時間は少ないにも関わらず、親密さが高かった。


 けれど純は遥夏のことを異性としてではなく、同性のような感覚で見ていることが何となく遥夏にはそう思えていた。だから、今すぐ動いたところで純の心を動かすのは難しいだろうと半ば諦めていた。


 しかし、遥夏にも転機が訪れた。純が夢花とケンカをした。別にライバルが経て喜んだわけではない。どちらかというと元気がなさそうな純を見るのは辛かった。早く仲直りはしてほしいと思っていたぐらいだ。


 そんな時に、純から小説のネタが足りないと言われたときは心が躍った。今現在、純と仲良くしているのは、紗弥加、夢花、綿原と遥夏自身。


 純が集めていたのはデートのネタ。だから、純がデートをしたがっていることはすぐに分かった。今までだったら、純はすぐに夢花にネタ集めを頼んでいただろう。


 だけど、夢花とはケンカ中、つまり必然と候補から外れる。そうなると、純が次に頼るのは遥夏だ。ただ、遥夏も純が告白を断ったことから、純からデートを誘うということはしないはずだと、簡単に想像できた。


 そうなると、純に協力ができる女子は自然と遥夏だけとなる。だから、このチャンスは逃したくはなかったのだ。純に自分のことを一人の女の子と見てもらえるように。


(そういえば、純、私に何くれたんだろう?)


 家に入ろうとしたときに小さな紙袋を渡された。「別にお礼なんていい」とは言ったものの純からのプレゼントは凄く嬉しかったりする。


 セロハンテープを外し、紙袋を傾けると、手にコトンっと小さなブローチが出てきた。


(これって……)


 出てきたのは花柄のブローチだった。それは遥夏が祭りで見ていたもの。


「純、私が欲しがってるの分かってたんだ……」


 なんの花だったかは分からなかったが、綺麗な花で気に入っていた。値段を見ても声優としての稼ぎのある遥夏は買うことはできた。ただ、こういうのは自分で買うのではなく、好きな人から貰った方が嬉しいだろうなと思い、買わない選択をした。


「私のことちゃんと見ててくれてたんだ」


 純にはただ見てただけと顔に出さないように気を付けていた。ただ、名残惜しそうにその店から離れるときに見てしまったけど。その顔を純は見逃さなかったんだと遥夏は思った。


 純から貰った、リナリアのブローチを浴衣に着けてを鏡を見た。


(うん、かわいい。プレゼントして貰えて良かった)


 遥夏は大事そうにブローチを外し、「たからもの」と書かれた箱にしまった。


「純、ごめんね。本当は応援してあげたいけど、やっぱり私はなりたいみたい」


 純は“うすいさち”に会いたがっている。そのために小説家を目指しているのも分かっている。純の夢だから、小説家になることには反対はしない。だけど、素直に純が“うすいさち”に会えるように応援はすることはできない。


 「憧れ、ただ会ってみたいだけ」と純は言っているが、もし本当に会うことができれば、純は好きになってしまうだろう。


 遥夏はうすい先生に会ったことはないが、直接会った人から話を聞いたことがある。高校生か大学生ぐらいの見た目でかわいい人だって。そんな人に会ってしまったら好きになるに決まっている。


 だから、遥夏は純が“うすいさち”に会う前に決着をつけてしまいたいと考えていた。


「私は負ける気はないよ。憧れの人、初恋の人。いや、うすい先生、雨草ユキ先生。ううん、龍樹のお姉ちゃんにも後輩ちゃんにも、誰にも負けるつもりはない」


 今日、純にバレないようにこっそり撮った写真を見て、


「私が欲しがっているヒロインはたった1枠しかないんだから」


 純には聞こえるはずもないが、そう宣言した。


「このオーディショは私が絶対に勝つ。そして純の彼女というヒロインは渡さないんだから」



______________________________________


 31話まで来たので一度人物関係のおさらいをしておきます。どこにどんな感情か分からなくなった人はぜひ見てください。


 人物関係の整理(➡好意 →憧れ)



菱村純→うすいさち、雨草ユキ 

   ➡雪川花


榎原紗弥加➡菱村純                          

     →出雲真衣


柳井夢花→うすいさち    


白浜遥夏➡菱村純

                    綿原智絵➡榎原龍樹

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