第30話 勝ちたいオーディション
笠原と連絡先を交換し別れた後、純たちは射的やヨーヨー釣りをしたり、わたあめを食べたりして祭りを満喫していた。
龍樹や綿原たちに声をかけることも一瞬考えたのだが、2人で楽しくやっていたことから水を差さない方が良いのではとなったので、そっとしておくことにした。
野暮用を思い出し、遥夏にトイレに行くと伝え、純は一度遥夏から離れた。数分で戻ってくると、遥夏の手にはリンゴ飴を握っていた。どうやら待っている間に屋台で買い物を済ませたらしい。
「あ、おかえり」
遥夏の手には他にも、ヨーヨー、射的の景品のお面やらを身に付けて満足そうにしていた。
ここ最近、オーデイションや収録で忙しかったからか、今日みたいに羽を伸ばしたのは久しぶりなんだろう。遥夏が楽しめたのなら祭りに来た甲斐があったというものだ。
十分楽しんだ純たちは神社から遥夏の家に向かっていた。その帰り道、遥夏が純に楽しめたかどうか聞いてきた。
「うん、楽しめたよ。それにネタもかなり集まった気がする」
「良かった~」
純の口から楽しかったという言葉が聞けて嬉しそうな反応をした。
「あれ……でも、ネタが集まったってことは、私にちゃんとドキドキしたってことでいいのかな?」
余計なことに気づかれてしまったらしい。このまま何も言わずに帰れば良かったものを……。にやにやしながら純の顔をみる遥夏。
「まあ、そうだよ。いつも見ている遥夏と印象がだいぶ違ったし、時々ドキドキもしました」
「じゃあ、私の勝ちだね」
「勝ちって……」
別に勝負をしていたわけではない。遥夏にも魅力がちゃんとあるということは分かっていた。ただ、ここまでドキドキするとは純は思いもよらなった。
「これで龍樹になんでもいうことを聞いてもらえるな~」
「ほどほどにしておきなよ」
純と遥夏の模擬デートにより祭りに一緒に行けなくなった上に、罰ゲームまで受けさせられる龍樹はかわいそうだと思ったが、綿原と良い感じではあったので遥夏を幸せ代ということで受け入れてもらおう。
(龍樹も楽しめてたなら文句はないよな……)
遥夏が龍樹に何を頼むかは分からないが、あまりひどいことを頼まないよう祈るしか純にはできなかった。
遥夏の家の前に着くと、くるっと遥夏が振り向き、「今日はありがとうね、純」と今日一番の笑顔を見せた。
「お礼を言うなら僕の方だよ。小説のネタ集めに協力してくれたんだから」
「ううん、私はそれでも2人きりで一緒に祭りに行けたのは楽しかったよ」
遥夏がデートをしようと言ってきたときは驚いたが、想像以上の収穫は得ることができた。間違いなく、書こうとしている小説は完成する。
「でも、ちゃんと小説は完成させるんだよ」
「それはもちろん」
「それと、早く後輩ちゃんとも仲直りするんだよ。どこか純、ここんとこ元気がなさそうに見えたから」
この2週間、純は隠しているつもりだったが、どうやら遥夏は夢花と仲直りが出来ていないことに対する不安が顔に出ていたのを気づいていた。
「付き合いが長いとごまかせないね」
「当たり前でしょ、中学生の時からの付き合いなのよ。そんなに一緒にいれば純の考えていることぐらい分かるわよ」
そりゃ凄いと、純は苦笑いした。
(遥夏には隠し事はできないだろうな)
「柳井さんとは、小説を完成したらちゃんと謝りにいくよ」
「それがいいよ。今度はケンカしちゃだめだよ」
「もう懲りたよ」
ケンカはその時だけじゃなくて、仲直りするまでずっと心の中でモヤモヤ感が強く残る。
「なら、良かった」
遥夏がまた学校でね、と玄関の扉を開けようとしたが、遥夏は「純、最後に1つ聞いていい?」とドアノブをから手を放し純の方へ振り向いた。
「別にいいけど」
「今日さ……私、色んなキャラを演じたけどどれが一番、純は好きだった?」
遥夏はこの祭りの中で、妹、姉、優等生キャラなどたくさんのキャラを演じ分けた。その中で純が一番好きだったのは……
「どのキャラも比べようがないぐらい好きだったよ。さすが遥夏の演技だって思ったぐらいだし」
「そういうのが聞きたいんじゃ……」
「でも、僕にとって一番はやっぱり……今も話してる素の遥夏かな」
「えっ……」
どのキャラも魅力的だった。でも、やっぱり純にとって遥夏は素で過ごしている姿が一番好きだった。飾り気のないありのままの遥夏。付き合いが長いからこそ忘れていたが、遥夏もちゃんとかわいいと思える女の子だ。
「そっか……、うん、ありがとう」
「この質問の意味は何かあったの?」
「……オーディションの参考に」
「オーディション終わったって言ってなかったっけ?」
オーデイションが終わったから遥夏は文化祭準備の手伝いに来れている。
「ううん、私にとって一番勝たなきゃいけないオーディション……があるんだ」
「へ~そんなのがあるんだ。それはいつあるの?」
「今……、ううん、もうずっと前から始まってるんだ」
「それってかなりのプロジェクトなの?」
遥夏がそこまで熱意を注いでいるオーディションがどんなものなのか、気になった。ずっと前から行われているのならよっぽど凄いものなんだろう。
「全然、他のアニメ作品とかと比べると全然規模は小さいし、お金もかかってないよ」
想像していたものと違い純はポロっと「それ、やる意味ある?」とこぼしてしまった。
「多くの人にとっては魅力はないかもしれない」と玄関の扉から離れ、純の方に寄ってきて、「だけど私にとっては本当に掴みたいヒロインなんだ」と純のおでこを人差し指でツンっと突いた。
純は突然近づいてきた遥夏に驚いて、「本当にそのヒロインをやりたいんだね」と
顔を赤らめた。
「うん、これだけは本当に譲れない。憧れだろうと、初恋だろうと私は負けない」
純には遥夏がなんのヒロインをそこまで欲しているのかは分からない。だけど、頑張って夢を掴もうとする遥夏を素直に尊敬した。
少し照れた様子で遥夏は「また学校でね」とだけ残し、玄関の扉に手を掛けた時、
「遥夏、これ!」
と、純は手のひらサイズの紙袋を遥夏に渡した。
「何これ?」
「今日、付き合ってくれたお礼」
「そんなの別に良かったのに」
「ううん、僕があげたかったんだ。それほど遥夏には感謝してるんだから」
小説のネタは集まったことはもちろん、久しぶりに気分転換をすることができた。
「じゃあ、貰っていい?」
「どうぞ」
嬉しそうに紙袋を見る遥夏を見て純は「じゃあ、また学校でね」とその場から立ち去った。本当は中身を確認した後の遥夏の反応を見たかったが、これ以上遥夏と一緒にいるのはヤバイと直感的に感じたのでその場を後にすることにした。
(喜んでくれるといいな)
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