第10話 批評家

 予想を大きく下回る点数が純の小説につけられていた。


「この評価は柳井さんが本当につけたものなの?」

「はい、一読者として採点させていただきました。なので一切私情を持ち込んでません」


 一番高い作品でさえ28点という結果だ。その他の作品はすべて10点台。しかも、純が一番低い点数を付けたはずの作品が夢花の中で一番高い評価だった。


「厳しいことを言わせてもらうなら、よくこれで小説家を目指しましたねというレベルです」


 容赦ない言葉が純を襲う。そこまで言わなくてもいいんじゃないかって、胸がえぐられるようなダメージを受けた。


「どうです? これでも小説家を目指したいと思いますか? 先輩が挑戦しようとしていることは本当に無謀なことなんですよ」


 父が純に放った言葉よりも夢花の言葉の方が的確で心にズサッとささる。点数で視覚化されたことでより絶望という文字が見えてくる。


「もし、諦めるというならさっさと帰った方が良いですよ。生半可な努力じゃこの先なんて進むことさえできませんから」


 諦めた方が良い。という言葉が何度も頭に過る。けど、ここまで来て投げ出すようなことはしたくない。何よりここで諦めてしまえば、“うすいさち”に絶対会うことなんてできなくなるから。


「僕はやるよ。それで、絶対に小説家になるんだ」

「本気なんですね?」

「ああ、諦めたくないからね」


 少しの間、純の目を見つめた後、夢花は一度頷いた。


「分かりました。なら一緒に頑張りましょう。私も協力を惜しみませんから」


 夢花は再び立ち上がり、今度は違う紙を持ってきた。


「ちなみにこれが前回WX文庫の新人戦で入賞した作品です」


 純の作品同様点数がつけられていた。どの作品も70点程度の点数しかつけられていなかった。夢花の採点が厳しいことがよく窺われる。


「先輩は最終的にはこれらの作品より高い点数を目指してもらいます」


 高い目標といえるかもしれないが、純にとって小説家になることは通過点でしかない。小説家になった上で高い人気を得られなければ、“うすいさち”に会うことなんて永遠に不可能だからだ。


「まず一次審査を突破したければ最低40点を取る必要があります」

「相当頑張る必要があるね」

「そうですよ、休んでいる暇なんてないくらいですよ」


 WXホワイトエックス文庫の新人賞締め切りまで残り2か月と少し。それまでに平均20点弱の小説を40点以上に持っていく必要がある。


「柳井先生よろしくお願いします」

「先生ってつけるのは余計ですけど、さっそく作戦会議をしましょう」


 先生という言葉に一瞬ビクッとした夢花だったが、すぐに元の顔に戻り話を続けた。


「まず、先輩なぜ異世界ものを書いたんですか?」

「ネットとかで調べた時、こういったものの方が人気があるみたいな記事を見つけたから」


 1回目の落選を受けて、ネットでどんな作品が受けるか検索したところ、異世界ものと出たために、それ以降色んな世界観の小説を書いている。


「先輩には異世界ものは向いてないのでやめましょう」

「え?」

「え? じゃないですよ。先輩の異世界もの世界観がよく分からないんですよ。それに話がまとまってないので読むのがつらかったです」

「えー、そこまで言わなくても」

「辞めたいなら帰ってもらってもいいんですよ」

「ごめんなさい、続けてください」


 せっかく夢花が協力してくれると言ってくれたのに辞められては困る。純は瞬時に頭を下げた。


「最後の作品はだいぶマシになりましたが、それでもだいぶ酷いですね。残りの期間を考えると、どうにかなるようなレベルじゃないですね」

「じゃあ、どうすれば」

「先輩にはラブコメを書いてもらいます」

「マジで?」

「マジです」


 夢花が28点と評価したジャンルは純が書いたラブコメだった。


「僕がラブコメ書くの?」

「その才能はありますよ。先輩はまだ世界観の表現は甘いですが、心理描写はとても上手に描けている部分があると思います。ただそれでも、今のままでは全然ダメですけどね」

「ラブコメか……」

「嫌ですか? 私は先輩がラブコメを書くのが良いと思いますけど……」

「嫌とかではないんだけど、ラブコメだと、雨草ユキ先生がいるからな~。あの人よりすごいの書けるかな?」


 雨草ユキは純が初めて読んだラノベの作者であり、純をラノベの沼に引き釣りこんだ存在。中学生にしてデビューし、今でも高い人気を誇っている作家さんだ。雨草ユキの小説もアニメ化秒読みと呼ばれるほど、人気を博している。そして純のもう一人の憧れの人でもある。


「雨草ユキは大したことないですよ」

「え?」

「事実を言っただけですよ。まだまだあれを褒めちゃいけませんよ」


 夢花は雨草ユキのことを嫌っているのか、純が度々話題を上げても興味なさそうにしている。純にとっては憧れの人であるから、いくら夢花といえども否定されるのは気持ちのいいものではなかった。


「柳井さん、雨草先生は僕にとって憧れの人なんだ。だからあまり先生のことを下げるような発言は嫌かな」


 夢花に対して自身の意見を今まで強く出さなかった純が雨草ユキのことをかばったのが少し驚きだったのか、キョトンとした表情をした。


「ごめんなさい。先輩の憧れだったと知らず」

「ううん、もういいよ。謝ってくれたなら僕は気にしないから」

「先輩、雨草ユキのこと好きだったんですね。いつもうすい先生のことしか話さないから興味ないのかって思ってしたよ」

「うすい先生は僕の恩人だからね。雨草先生は先生で僕をラノベの世界に連れ込んでくれた人だから感謝してるんだ。いつか会えたらサインもらいたいぐらい憧れてるんだから」

「……そう……なんですね」

「顔赤いけどどうかした?」

「よく恥ずかしいことべらべらとしゃべれるな~と思っただけです」


 先ほどまでの冷静な様子とは変わって少し夢花の顔が赤くなっていた。少し熱弁しすぎてしまったのだろう。聞いている方が恥ずかしくなるってやつだな。


「とにかく、先輩が雨草ユキほど上手なラブコメは書けないと言っても、先輩が次の新人賞で一次突破するにはラブコメで勝負するしかありません。いけますか?」

「まあ、柳井さんがそこまで言うならやってみるよ」

「あと一つ注意をしてほしいことがあります。先輩は自分の出来事のように書くことを忘れないでください」


 自分の出来事のように? と疑問を抱いたが、それは原稿を書く時でいいかと純は深くは考えなかった。


「では、さっそくプロットから作っていきましょうか」


 WXホワイトエックス文庫ライトノベル新人賞、一次審査突破に向けて純の挑戦が始まった。




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 ここまでがこの物語の序章となります。次の話から物語が大きく動き始めます。

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