第9話 嫌われてもいい

 土曜日の正午、純は夢花の家に呼び出されていた。純は柳井書店にはよく出入りしているものの、夢花の部屋に入るのは初めての出来事だった。


 昨晩は、今まで純が書いた小説の感想を夢花から聞いたことがなかったことから、夢花がどんな感想を言ってくれるのか楽しみで眠れなかった。純は夢花と日頃からオススメの本を紹介しあっているが、夢花が薦める本はどれも面白かった印象がある。さすが本屋の娘だと何度思ったほどだ。


 そればかりを考えすぎていて大事なことを忘れていた。夢花の家の前に着くと純は急に緊張してきた。


(よくよく考えれば僕、女子の部屋に入るの初めてだった……)


 純が仲良くしている女子は多いものの、どこかへ出掛ける程度で、女子の家に遊びに行くというのは初めてのことだった。いや、今日は遊びに来たんじゃない、小説の感想を聞きに来たんだ。


 自分に言い聞かせることで胸の鼓動が静まった。一呼吸をついた後、純は呼び鈴をならした。


「先輩、いらっしゃい」

「……どうも」


 夢花の私服姿は見慣れてはるものの、今日は少し違う雰囲気があった。夢花が今日来ている服はお出かけ用の服とかそういったものではなく、楽に動けそうな自宅用の服みたいな感じがしていた。ただ、それよりも普段と大きく違うのは、


「柳井さんって目悪かったっけ?」


 普段つけていないはずの眼鏡をつけていてドキッとした。純に眼鏡属性があるわけではないが、いつもと違う格好を見てやられた。


「これですか? どうです、頭よさそうに見えますか?」


 漫画とかでインテリ系が眼鏡をクイッとすることをしてきた夢花。


「頭よさそうに見えるかって、柳井さんもともと頭いいでしょ」

「つれないですね、先輩は。聞いてみただけですよ」


 夢花は学年上位3位の常連で、時々学年1位を取ったりするなど、純に劣らず頭がいい。もしかしたら、一つ上の遥夏はもちろん、龍樹より頭が良いんじゃないだろうか。


「別に目は悪くないですよ。これはパソコンとかをいじってるときに目が疲れないようにかけているものです」

「へ~、柳井さんもパソコンなんて長く使うことがあるんだ」


 純はあまり夢花がパソコンをいじっているイメージがなかった。小説を書いてたりするならパソコンを使うイメージがあったけど、レポートとかを書いたりする大学生ではない夢花からパソコンを使うイメージがあまりなかった。


「まあ……調べものしたり、映画見たりするときには携帯じゃなく大きな画面の方が良いときもありますから」


 歯切れが悪そうに感じたが、それについては純は触れることはなかった。


「そんなことより、どうぞ上がってください」

「そういえばお父さんたちは今日はいないの?」

「父も母も書店で仕事してる頃だと思いますよ」

「もしかして、家にだれもいない感じ?」

「ええ、逆にいられると邪魔なんで、私的には助かりますけど」


 危機感というものを感じていないのだろうか。一応純も男ではあるので安易に油断してほしくはないのだが。


「今日が来ることは伝えてあるの?」

「母には伝えてますけど、父には言ってないですね」


 夢花の父に知られると暴れそうな気がする。それも分かった上で夢花は父には伝えなかったのだろう。


「良かったの? 僕なんかが柳井さんの家にお邪魔しちゃって」

「ええ、私の家の方が話しやすいですし……、先輩は嫌でした? 今からでも場所変えますか?」

「柳井さんが良いなら僕は良いんだけど」

「なら大丈夫です。このまま上がっちゃってください」


 純は初めて女の子の家に上がることに少し戸惑いはしたものの、夢花の部屋がどういう感じなのかを知れることは少し楽しみであった。


     *


「柳井さんの部屋って……やっぱり本が多いんだね」


 夢花の部屋はぬいぐるみがちらほらあるものの、想像通り本が多く置かれていた。机やベッドの他に大きな本棚が置かれていてそこに本がたくさん収納されている。


「あんまり、じろじろ見ないでくださいね。先輩とはいえ、人の部屋を見られるのって恥ずかしいんですから……」

「ごめん」


 恥ずかしいなら家に上げなければいいのに、と心の声が出そうになったが飲み込んだ。協力してもらっているのに機嫌を損ねさせるのはよくないからな。


「先輩そこに座っててください」


 どこかの部屋からか持ってきた折り畳み式の机の前に座布団が置かれていた。この机は夢花の部屋と合っていないことから純のためにほかの部屋から運んできたのだろう。


「でも、そういえばなんで家だったの? 感想言うだけなら学校の図書室とかでもよかったんじゃない?」

「家じゃないと持ち運ぶのが大変なので」


 「持ち運ぶのが?」と聞き返すと、夢花はこちらに真剣な目を向けてきた。


「先輩、私からの質問を答えてもらってもいいですか?」

「……いいけど」

「先輩は、本気で小説家を目指す気はありますか? 途中で投げ出さないって約束できますか?」


 いつものかわいらしい顔ではなく、いかにも人を見極める面接官のような顔で質問してくる。


「それはもちろん。小説家を目指す覚悟はちゃんとあるよ」

「私から何を言われても頑張れますか?」


 (何それ、なんか怖い……)


「もちろん」


 純の目をしばらく凝視した後、夢花は「本気みたいですね」と言って、いつもの優しい顔に戻った。


「じゃあ、先輩これから一次審査突破に向けて頑張りましょうね」

「うん。よろしく」


 「ではさっそく」と言って夢花は一枚の紙を持ってきた。


「先輩って今まで何作応募したかちゃんと覚えてますか?」

「全部で10作だよ」

「じゃあ、その10作それぞれに自己評価でいいので100点満点で採点してみてください」


 自己採点か……。純が送った作品のジャンルは日常系が1作に対し、残りの9作が異世界ものだ。純なりに点数をつけるならば、日常系は30点ぐらいで、異世界ものは50~60点ほどの出来のように感じる。ただ、最後の1作は70点台をつけたいところ。


「自己採点できましたか?」

「うん、一応。紙とかに書いた方が良い?」

「いえ、必要ありません。頭の中だけで思い浮かべるだけで大丈夫です」

「そうなの?」

「では、この紙を見てください。これは私が先輩の作品に点数をつけたものです」


 夢花が純のために作ってくれたもの、と内心ウキウキしながら受け取った。身近な人から評価を受けたことがなかった純にとってこれほど楽しみなものはなかった。だが、その心を打ち壊すかのように、夢花がつけた点数は辛口だった。


「これ柳井さんがつけた点数?」

「はい、遠慮なくつけさせてもらいました」


 全部で10作のタイトルの横に点数が書かれていた。純が書いた順に並べられ上から、


『28点、12点、17点、18点、15点、19点、13点、13点、19点、20点』


 と、自己の採点を大きく下回る点数がつけられていた。30点満点? と一瞬疑いたくなるようなひどい点数だった。


「どうですか、先輩。私のこと嫌いになりました?」


 夢花の顔は今まで見たことがないほど強張ったものだった。

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