第7話 遥夏、龍樹 登場

「え、本気で言ってるの?」

「義父さんにバレちゃったらしょうがないよ。それでもチャンスをくれただけ全然マシ」


 翌朝、早く学校に着いた純が早速新人賞に応募するためにプロットを書いているところに白浜遥夏がやってきて、昨日の出来事を話した。


 白浜遥夏、黒髪のツインテールの女子。純とは中学の時からの付き合いで、学年一のバカである。そんな遥夏にはもう一つの顔がある。


「だからね、応援してほしいんだよね。……しおりちゃん」


 『バンッ』と遥夏が手に持っていた教科書で純の頭を思いっきり殴った。


「いっっったい、なにすんだよ。遥夏みたいにバカになったらどうするんだよ」

「バカはあんんたのほうよ。何学校でその名前で呼んでくれてるわけ? もし誰かに聞かれてたらマジで困るんですけど」

「別にいいいじゃん、昨日のセリフも良かったよ、真衣ちゃん」


 『バンッ』と先ほどよりも大きな音が教室に響いた。


「だから、私が声優をやっているのは内緒だって言ってるでしょ。本当にそこんとこ分かってるの?」


 出雲真衣、最近人気を増やしてきた声優。その正体は純と同じ高校に通う白浜遥夏だ。


「分かってるよ、だからこうして誰もいないときにからかってるだけじゃん」

「あ~、本当は純にもバレたくなかったのに……」


 去年、純がラノベにハマり、たくさんのアニメを見始めた時、あるアニメのキャラクターの声に聞き覚えがあった。その声を担当していたのが、遥夏であり、遥夏は多くの声色を使い分けて演じているが、偶然にもそのキャラに適した声が遥夏の地声に似ていたのだ。


 遥夏も深夜アニメだからバレることないかと普段話している声の感じで収録したら、偶然にもそのアニメを見ていた純が気づいてしまった。初めのうちはごまかしていたものの、カマをかけたら簡単にボロを出した。


「まぁ、それは運がなかったと思って諦めて」

「ほんとにも~、龍樹には言ってないだろうね」


 遥夏が声優をやっていることはこの降雨校で純以外にはいない。遥夏と小学4年生からの付き合いからでもある龍樹もだ。


「それはもちろん」


 さすがに、遥夏本人が内緒にしたがっていることは純も分かっているので誰にも言っていない。


(まあ、他の理由もあって龍樹には言えないんだけどね……)


「今日は一段と響いていたな」


 『ガラガラ』と、扉を開けて教室に現れたのは純の親友である、榎原龍樹。


「おはよう、純、それに遥夏も」

「うん、おはよう」

「龍樹、今日は早いね、いつものあんたなら遅刻ギリギリに来るじゃない?」


 榎原龍樹。日頃から明るい性格で、誰とでも隔たりなく仲良くなれる性格だ。一見陽キャの優等生みたいな雰囲気を醸し出してはいるが、実際は学校へは遅刻すれすれでやってきたり、テストでも遥夏ほどではないが、下位の方にいる。


「だってさ、純からあんなメールが届けばすぐに話したくなるじゃんか」


 龍樹は基本的には優しいんだが、自分にとって面白そうな展開になると、全力で楽しみにくるところもある。龍樹へ送ったメールは昨晩の出来事だ。それに少し加えた程度の説明をすると、


「それにしてもよく義父さん納得してくれたよな」

「うん、もっと厳しい条件出されるかと思ってた」


 純が小説家を目指すための条件として1次審査の突破だった。義父が本気で小説家を目指すのを辞めさせて教師をやらせるのならもっと厳しい条件も出せれたはずだ。入賞とはいかなくても最終審査まで残るなどといった条件が。


「まあ、義父さん結構な堅物だから、そういったラノベとか知らないだろうし、ネットとかで検索しても一次の倍率は高いとか言われてるから、一次突破だけでも十分難しいものだと思ったんじゃないかな」


 騙しているようで悪いけれど、純はなりふり構っていられる状況ではなかった。


「それで小説の方はどうなの? 書けそう?」

「いや、それが……昨日から色々と考えてはいるんだけど、いい案が思いつかないんだよね」


 今まで送られてきた評価シートを昨晩もう一度読んではみたのだが、毎回同じようなところを注意を受けていた。純自身は注意して書いているつもりでも、癖というものはなかなか抜けないものだ。


「自分的には面白いと思っても、他人の意見って案外厳しいものだよな」


 純は自分で書いて面白いと思ったものしか応募していないが、10作品すべてが一次で落ちている。そろそろ自分の感性がおかしいのではと思いかけてくる。


「やっぱり、誰かに読んで感想言ってもらった方が良いんじゃないのか?」

「でも、知り合いで感想くれそうな子って……」

「あの子はどうなんだ? 純と同じバイトの後輩の子」

「柳井さんのこと?」

「あー、いつも純が一緒に映画へ行ったりしてる仲のいい後輩ちゃんかー」


 遥夏が冷え切った声で小さくつぶやいたが、純と龍樹には聞こえなかった。


「そうそう。だってあの子、純と同じで本を読むのが好きなんだろ?」

「そうなんだけど、前に僕が書いた小説の感想を聞いてみたんだけど、柳井さん答えてくれなくて……」


 純は夢花に今まで新人賞に送った作品をすべて渡しているが今まで感想をもらったことがない。「素人の私が言ったところで意味ないですから」と感想を言ったことはなかった。


「でも、そうだね。僕の周りで小説に詳しそうなの柳井さんしかいないし、もう一度頼んでみる」

「おう、そうした方が良い。俺に何か手伝えることがあったらいつでも言っていいからな」

「ありがとう、龍樹」


 今日の放課後は柳井書店でバイトが入っているからその時に聞けばいいだろう。夢花も優しい女の子だ。純が小説家になれることを応援してくれるって言ってたし、必死に頼めばお願いを聞いてくれるかもしれない。


「そういえば、純。お前、ねーちゃんのこと振ったんだってな」


 『ガタン』と大きな音が教室中に鳴り響いた。その音の原因は遥夏が急に立ち上がったことで倒れた椅子の音だった。


「え? それ本当なの? 純? え? 告られたの? 龍樹のお姉さんに?」

「なんで、急にこんなところで言い出すんだよ」

「いや、昨日ねーちゃんから連絡来てて振られちゃったって言ってきたから、ねーちゃんを振った男の感想を聞いてみたくて」

「これだからシスコンは……」


 ひどく混乱している遥夏を他所に、面白いおもちゃを見つけたかのようにはしゃぐ龍樹。榎原紗弥加は龍樹の実の姉だ。


「いや、僕もあんまりこの話人にしたくないんだけど。」


 いったいどうすれば、告白を断った人の弟から振った話をしなければならないのか。


「それがな、面白いんだぜ遥夏。こいつねーちゃんを振った理由がうすい先生に気持ちが向いちゃってるからって断ったんだてよ。どこの世界にVtuberのファンを理由に断るやつがいるんだよ。なぁ。遥夏? ん、遥夏?」

「龍樹のお姉さんは純のことが好きだった……、純は龍樹のお姉さんに振られた」

「こいつダメだな……」


 頭がショートしたのか勝手に記憶の入れ違いが起きている。


(告白したのは僕じゃないんだけど……)


「もしかして龍樹怒ってる?」

「何に?」

「何って、僕が紗弥加さんのことを振ったこと」

「なんで、俺が、そんなことで起こる必要があるんだ?」

「だって……怒ってなきゃわざわざ僕に言いに来ることなんてある?」


 龍樹は昔はねーちゃんっ子であった。そんな姉が振られたと分かれば怒りを向けてきそうなものだ。しかも、よく分からない理由で断る純に対して。


「いや、俺はただ面白くてこの話してるだけだから。別に怒っちゃいねえよ。これはねーちゃんの恋愛なんだから。逆に首突っ込んだ方がねーちゃんに怒られるわ」

「そっか……、それで一つ聞きたいんだけど、お姉さんどんな感じだった?」

「別にあんま気にしている感じじゃなかったみたいだぜ? お前いつも○○の話ばかりするから振られること分かって告白したようなもんだから、大したダメージ食らってないみたいだったぜ」

「そう、それなら良かった」

「まあ、俺もねーちゃんがそれで泣いてたら一発殴ってたかもしんないけどな」

「怖いわ、てか絶対気にしてるしょ」

「とにかく、お前はまず目の前のことに集中しろ」

「そうだね、気を抜いたらダメだよね」

「そうだ。もし一次突破できなかったら許さないからな」

「うん、分かってる」


 龍樹が姉の紗弥加と同じようなセリフを言って、フフッと純は笑った。

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