第5話 憧れの人 “うすいさち” 

「ありがとう、紗弥加さん。どうすれば良いか分かりました」

「ううん、私は大したことなんて言ってないよ」


 紗弥加はそう言うが純にとって誰かに話を聞いてもらえたことは自身の気持ちの整理をする上で非常に良い方法だった。


「そろそろ、ごめんね。たくさんの人待たせちゃってるから」


 紗弥加は20分間ギリギリまで純の相談に乗ってくれていた。


「いえ、本当にありがとうございました」


 「じゃあ」っと電話を純が切ろうとしたところ紗弥加が「待って」と言ってきた。


「どうかしました?」

「最後に一つだけいい?」

「はい、いいですけど」


 電話越しに紗弥加が大きく息を吸ったのが伝わってきた。


「もし、途中で純くんが小説家になる夢を投げ出したら、私一生純くんのこと許さないからね」


 「え、ちょっと」と言いかけたところでプー、プーっと電話が切れてしまった。紗弥加の言葉は強く怖いものではあったが、口調は優しく笑っているように感じた。


 これはきっと彼女なりのエールなのだと純は思うことにした。


    *


 純はYouTubeを開き、うすいさちの配信画面を開いた。紗弥加との電話で義父との問題をどうすればいいかは思いついたが、それでもあと一歩が踏み出せずにいた。


 義父は純を不安定な小説家という職業をやらせるのではなく、教師の道に進ませたいと思っている。だから、純の提案を義父が受け入れてくれるかすらも怪しいと思い、義父に会いに行けずに自室にこもりっぱなしだった。


 紗弥加との電話を終えてすぐに義父に会いに行かずにうすい先生の配信を見てから動くことにした。


『こんばんわ~、うすいさちです。今日は久しぶりに雑談配信をしたいと思いま~す


 うすいさちはコメント欄にリスナーが書き込んだことにも触れながら話をしていく。今現在うすいさちの配信を見ている人は1万人以上もいる。チャンネル登録者数も30万人と人気が高いことがうかがわれる。


『最近出来てなかった、みんなからの質問とか答えていくね』


 コメント欄以外にも、うすいさちに言葉を発せられるサイトもあり、そこに集められた質問などを時々このような配信の形で答えていく。うすいさちの配信は月に2回程度このようなリスナーとの会話を楽しむものをしていて、他にはゲーム配信や他のライバーさんとコラボ配信をしたりしている。


『質問一つ目、〈うすい先生は何故イラストレーターになろうと思ったんですか?〉。これは前にも言ったけど、お母さんが美術の先生でね、小さいことから絵を書くことは多かったんだ。それで中学生ぐらいの時に弟が好きだったアニメのキャラを描いてあげたら喜んでもらえて、そこから絵を描く仕事もいいなって思ったんだ』


 この話は今までも何回か聞いたことがあるけれど、新規のリスナーのために何度も丁寧に話してくれている。初見リスナーにもちゃんと優しくしてあげられている。


『2つ目、〈うすい先生、今度歌枠やってください〉。ごめんね、私音痴だから歌えないんだ~』


 うすいさちは今まで一度も配信で歌ったことはない。音痴を理由に拒み続け3年が経過した。音痴でもいいから一度は聞いてみたいと純を含めリスナーは思っているが、歌う気配は一切ない。だから「うすいさちの歌を聞いたら死ぬ」との変な噂まで飛び交うようになった。


『〈今度放送されるアニメについて紹介をお願いします〉わかりました。私が挿絵を担当させていただいている【まだ見ぬ顔】が今年の10月に放送されます。このお話は付き合いの長い2人のVtuberがお互いに相手の素性を暴こうとするもので実は2人は恋人同士だったというお話になってます』


 この作品がアニメ化決定したことによってうすいさちの配信を見に来る人が増えた。この作品はうすい先生が初めて挿絵を担当したもので、純がライトノベルの中で2番目に読んだ作品でもあった。純が初めて読んだ作品は同じく挿絵を担当したうすい先生で作者は雨草ユキ。この作品が純のライトノベルの出会いだった。


 高校受験のため教材を買いに柳井書店に訪れた純はうすいさちの名前があった本が目に入った。その本はイチオシと書かれたところに置いてあった。うすいさちがイラストレーターというのは純も知っていたが、実際にどんな仕事をしているかは詳しくは知らなかった。そんな時、うすい先生が描いているならと手に取って教材と一緒に買ったのが純の人生を大きく変える出来事だった。


 その日受験勉強に一区切りがついた純は書店で買った本を読んでみることにした。パラパラとめくり、挿絵がどういうものであるかを確認した後じっくり読みこんだ。


 勉強の気休め程度、そのように純は考え10分ぐらいしたら読むのをやめて勉強に戻ろうとしていた。しかし、作品にのめりこみ1冊読み終えたときにはすでに朝になっていた。ライトノベルって面白い。これが純が最初に抱いた感想だった。


 今では雨草ユキのこともファンになり、うすい先生との2人のことが純の憧れであった。


 今思えば、柳井書店でイチオシと銘打っていたのはすごいことだった。今では人気のある作家さんだが、当時では全くの無名であり、しかもうすいさちが挿絵の担当をしたその本が雨草ユキにとって初めての作品であった。


 それにもかかわらず人気が出ると読んで店長イチオシと紹介していたのはすごいと思う。


 純は雨草ユキの作品を読んで作家を志した。小説家ってすごいものだと感銘を受けたのが大きな要因であるが、うすい先生に挿絵の担当をしてもらえれば会えるかもと考えたのも一つの理由だった。


 ただ、うすい先生に会いたいという気持ちがなければ純は未だに小説家を諦めずにやれていなかっただろう。それほど、うすいさちは純の心の支えとなった存在なのだ。


『そろそろ、時間なので配信終わりにしようかな。ラスト1つ読み上げて終わりにしま~す』


 気づけばうすいさちの配信は1時間経っており、締めに入ろうとしていた。


『〈親とケンカをしてしまいました。原因はお互いの気持ちを素直に言えずにすれ違ってしまったからです。仲直りをしたいので応援してくれませんか?』


(僕、うすい先生には送ってないよな……)


 純が現在置かれている状況とあまりにも酷使しているものが読み上げられ、純は驚いたのと同時に、どこの家族でもケンカはしてしまうのだなと認識した。


『そうだね、自分が思っている気持ちを伝えることは大事だよ。勇気を出してお父さんに伝えておいで。それでもし、またケンカしちゃうようなら信頼できる友達やバイトとかの先輩に相談してもいいし、この配信に来て癒しを求めに来てもいいよ。だから、頑張ってね』


 直接純に言われたメッセージではないと分かりつつも、どこか心が温まるものだった。


(ありがとうございます。うすい先生)


 決心のついた純は自分の部屋から出てリビングで待っているだろう義父のもとへと歩いて行った。

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