第六感 言葉の矢

天猫 鳴

第六感は、特別か否か。

 第六感、この力をそう呼んでいいのか僕にはわからない。

 わからないけれど・・・・・・。

 僕には見えるんだ。



   言葉の矢が



祥生しょうせい、ぐずぐずしないでさっさと食べなさい」


 母さんの声が矢になる。


「いつもギリギリなんだから、遅刻するわよ。早く」


 2つ3つと飛んでくる矢をかわす。


「ふらふらしてないでしっかり食べなさい。高校生になってもいつまでも子供みたいなんだから、もぉ」


 母さんの矢は当たっても痛くない。矢じりの先が丸くなっててゴムみたいに柔らかで・・・・・・。怒っているみたいでも本気じゃないとわかるから僕は滅多に反抗しない。


 でも、家から一歩外に出るとそこには鋭く尖った矢が容赦なく飛び交っている。


 皆には見えないらしい。

 そう気づいたのは幼稚園の頃。


「その言い方やめなよ」

「嫌いだから嫌いって言ったのよ。何がいけないの?」

「だって、しゅうくんに矢が当たってるよ。痛そうだよ」

「や? やって?」

「ほら、こんなの。しゃべってる声が矢になるでしょ」


 身振り手振りで矢を伝えた。


「なに言ってるのかわかんない」

「変なのぉ」


 小さいながらに言葉の矢の事を一生懸命伝えて理解してもらおうとしたけど伝わらなかった。柊くんも痛そうじゃなかった。


(いや・・・・・・、痛そうな顔はしてた)


 僕は体にも痛みを感じるけど、柊くんは体は痛まない。でも、心は痛かったんだと思う。


「いってきます」

「いってらっしゃい。気を付けてね」


 出ていく僕の背を追って母さんの矢が飛んでくる。

 先端が緑色で四つ葉のクローバーみたいな形をした矢。僕の背に当たって消える寸前に妖精の粉みたいなきらきらをこぼす。


 たいていの親は子供にそんな矢を飛ばしてる。

 みんなはうざがるけど。






「祥生、おはよう!」

「あ、柊。おはよう」


 柊の矢はいつも明るい色をしてる。そして、優しい。当たりがやわらかで痛くない。


(僕の言葉の矢が見えたら・・・・・・。僕の矢はどんな感じだろう)


 他人ひとの言葉が矢に見えるのに自分の言葉だけが形にならない。

 皆に見えている世界では皆の言葉はこんなふうに形がないらしい。小学校の頃にそう理解した。


 最近、僕の力に新しいものが加わった。


 それは、言葉の矢だけじゃなく視線の矢も見えるようになったこと。言葉の矢ほどいつでも見えるわけじゃないけれど。


 いま、一緒に歩きながら黙ってる柊の視線が僕には見えている。

 前を歩く華原かはら優花ゆうかの背に、桜色した柊の矢が時々飛んでいくのが見えていた。


(声かけちゃえばいいのに)


 これはきっと、たぶん恋の矢だ。


 柊が彼女に声をかけたら、きっと赤いハート型の矢じりで飛んでいくだろう。それを僕はまだ見たことがない。

 僕が視線の矢を見るようになった頃から、柊が華原さんに声をかけるのを目にしていない。いや、いままでもそれほど接点はなかった。


 言葉の矢には色々ある。

 色も違えば感情しだいで形も太さも変わる。


 優しさや感謝、応援の気持ちみたいに前向きな感情がこもる矢は暖色系で明るくてしなやかに飛ぶ。そして、優しく当たる。

 嫌みや嫉妬、苛立ったり歪んだりした感情の矢は寒色系で暗い色が多い。そして、それは相手に突き刺さる。


「華原! おはよう」


 ひとりの男子が声をかけた。

 それを見ている柊の目から色の濃い青の矢が飛んでいった。でも、途中で力なく消えてしまう。


「柊」

「ん?」


 視線を落として歩く柊は口を引き結んでいた。


「華原さんに声かけてみる?」

「な、なんで急に」

「あぁ・・・・・・なんというか、話してみたいなって思って」

「なんだ、祥生。華原に気があるのか?」

「あっ、いや」


 冗談交じりで体をぶつけてくる柊。

 言葉の矢は黄緑。いたずらと思いやりと、期待。


「同じクラスなのにあまり話してなくてさ、挨拶くらいはそろそろしたほうがいいかなって」


 不思議そうにこちらを見る柊の目から色の混ざった矢が飛んできた。

 桜色と浅黄色。

 矢じりは桜の花びらのような形をしている。


「柊、一緒に来てよ。ひとりじゃちょっと」

「祥生は恥ずかしがりだなぁ。しかたない、一緒に行ってやるよ」


 柊の矢に赤みがさしている。青が混ざってるのは緊張のせいだろう。

 女子に声をかけるのは久しぶりで、もしかしたら柊より僕のほうがドキドキしているかもしれない。

 華原さんと柊で話してほしいけど、言い出した手前僕が声をかけなくてはいけない。彼女の後ろ姿が近づいてきて僕の心臓はどきどきしっぱなしになった。


「か、華原さん」


 勇気を絞って声をかける。彼女がぱっと振り返って、


「大沢くんっ」


 僕に気づいて笑顔を返してくれた。


(あぁ、笑顔大事)


 怪訝けげんな顔をされなくてよかった。


「おはよう」

「おはよう」


 彼女から優しい薄紅色の矢が飛んできて僕の心臓のどきどきが止まった。ついでに世界中の音も消えた。


「華原さん、おはよう」


 柊の声が聞こえて世界の音が返ってくる。


「おはよう。沢口くん」


 柊に飛んだ華原さんの矢は黄緑色だった。


「大沢くん・・・・・・久しぶりだね」

「うん?」

「登校途中で合流するって知ってるけど、挨拶のタイミングって難しくて・・・・・・」

「ああ、うん。難しいね」


 華原さんから飛んでくるやわらかな矢は薄紅色で、僕の頬や肩、おでこをつついてきてくすぐったい。


「大沢くんは宿題やってきた?」

「あ、うん」

「僕はわからないところを残したままだ」


 柊が明後日の方向を見ながら話しに加わった。

 矢は赤かったりピンクだったり、矢じりがハートやクローバーだったりしてる。そして、柊の矢は彼女の体を上手い具合に避けて飛んでいった。


(当てなくてどうすんだよ)


 少し柊の後ろに下がって回り込んで、柊を華原さんのそばへ近づけてみた。


「何してんだよ。祥生、押すなって」

「華原さんは宿題ばっちり?」


 彼女に質問してみた。


「どうかなぁ、でもやってきたよ」

「柊、わからなかった所を教えてもらったらいいんじゃない?」

「えっ?」

「え?」


 精一杯の笑顔を作って華原さんに、


「ねっ」


 と言ってみた。


「ん、うん。いいけど・・・・・・」


 華原さんの薄紅色だった矢が普通の矢に変わった。そして、彼女の目から放たれた薄水色の矢が僕の鼻をつついた。


(痛い)


 矢の送り主を見ると華原さんは遠くを見ていた。

 彼女の胸の当たりから、か細い矢がいくつもいくつも飛び出してはこぼれ落ちて、風に消えていくのが見えた。


「私の答えが合ってるかわからないから、大沢くんのも見せてよ」


 スクリューのような矢が華原さんから飛んでくる。

 不安定な軌道で迷うようにふらふらと飛んでくる矢。迷いながら僕に向かって飛んでくる。その矢の色は、赤とピンクが混ざっていた。


「え? あ、うん。それは、いいけど」


 彼女から飛んでくる矢が当たるたびに胸がどきどきする。彼女と目が合っても胸がどきどきして落ち着かない。


(なんだろう、これ。・・・・・・恋? いや、違う)


 彼女の放つ矢を恋の矢だと思うから意識してしまうだけ、それだけのことに違いない。


「祥生、しょうせい」


「・・・・・・っ。うん?」


 華原さんに引き続き教室に入ろうとした僕は柊に引き留められた。


「ちょっと来い」

「え? 宿題どうするの?」

「いいから」


 他の同級生が少ない場所まで連れて来た柊は、そっと回りを確認して僕に切り出した。


「お前さぁ」

「お前って・・・・・・柊、どうしたの?」


 柊はため息をついて頭をかいて、僕を見つめた。


「第六感」

「は?」

「自分だけ特別に持ってるって思うなよ」


 柊は知ってる。

 僕が言葉の矢が見えることを。

 信じてるかどうかはわからないけれど。


「自分に嘘つくなよ」

「なに?」

「さっきからごちゃごちゃとうるさいんだよ」

「柊、どうしたのさ」


 目線をはずした柊がこちらに向き直る。


「言葉の矢は見えなくてもな、こっちは心の声が見えんだよ」


「へ?」


 青天の霹靂だ。


「心が・・・・・・見える?」

「お前のせいで失恋確定じゃないか、このやろ」


 胸を小突かれて驚く。

 悲しい水色の矢と怒りの混ざった赤みがかった矢が飛んでくる。でも、それほど痛くない。


「実況中継しやがって」

「ごめん」

「答えは自分で、自分のタイミングで知りたかったよ」


 第六感は人それぞれ違った形でもっているようだ。

 僕だけが特別じゃないって知ってほんの少しほっとした。


「だから、俺の前で独り言つぶやくな」

「呟いてるつもりはないんだけど」

「全部丸聞こえなんだよ。考えるなら離れてからしろ」

「え? どれくらい離れたら聞こえないの?」



 その後も柊とはなんだかんだ仲良くしている。恋のライバルのようなそうじゃないような関係のままで。お互いの第六感をうまくかわし合いながら。


 華原さんとはどうなったかについては・・・・・・内緒です。





□□ おわり □□





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