不信の系譜

かなぶん

不信の系譜

 一般的に、誕生日というのは良いモノだ。

 齢を重ねればあーだこーだ別の感想が湧くこともあるだろうが、成人も迎えていない年頃ならば、概ね誕生日には何かしらの期待を抱いてもいいだろう。

 一年に一度しか訪れない、とても貴重な、自分の記念日。

 ――なのに。

「いいか、葉月はづき。ワシら新宮にいみや家は呪われているのだ」

「…………」

 広い和室の一角で、開口一番、自分の前に正座しろと言った祖父は、戸惑いながらも従った葉月へ、続けざまにそんなことを言ってきた。

 思わず白い目を向けても仕方ないだろう。

(……孫の誕生日に言う台詞?)

 言いたいことはあれど、心の中だけに留める葉月。

 何せ、誕生日当日の祖父からの呼び出し、というシチュエーションに、(何かプレゼント貰えるかも!?)と二つ返事でここまで来てしまったのは、他ならぬ自分なのだ。別件の可能性も考えず、物欲だけで訪れた手前、祖父だけを責められはしまい。

 とはいえ、やはり誕生日なのだから、せめて祝いの言葉でもくれれば良いものを、葉月の反応も見ない祖父は重々しく話を続けた。

「その昔、新宮家にはそこそこ顔が良く、腕っ節も悪くないのだが、とにっかくっ、女好きの男がいたそうだ」

「…………」

「しかも女に食わせて貰うのも好きだったらしく、顔や腕っ節で引っかけては、あっちこっちの女に手を出し、尽くさせていたらしい」

「…………」

「一応、それで生活できたというから、立ち回りも上手かったそうだ。だが、ある時二人の女にバレてしまい、生活力の未熟な若い一方を文字通り斬り捨てた」

「…………」

「が、女はすぐには死ななかった。息も絶え絶えに近くの社へ訪れた女は、神に縋り、男を呪った。男と夫婦めおとの契りを交わし、幸せの絶頂にいた……これを裏切った復讐なれば、同様に、男が幸福の次に地獄を見るように、と」

「…………」

 もしも合間の「…………」に言葉を入れるのであれば、「仮にも孫娘の誕生日なんですが?」だろうか。どんどん暗く沈むような祖父の語り口だが、同じく、葉月の気分も沈んでいることに、目の前の爺様は気づいておられるのか。

 そんな疑惑の目を向ける葉月だが、それでも祖父の語りを我慢して聞いていた彼女は、次の言葉に目を丸くした。

「だが、時を同じくして男は死んだ。呪いのせいでも、別の女のせいでもなく、偶然居合わせた物盗りに突き飛ばされ、道ばたの岩へ頭を強かに打ち付けて死んでしまった。ついでと言えば何だが、女遊びの激しかったこの男に子はなかった。いわゆる種なしというヤツでな」

「は…………?」

「おお、すまんすまん。うら若い娘に言うべき単語ではなかったな」

(いや、それはその前からそうなんですけど)

 今まで自分が何を語っていたのか、内容を全く理解していない今更ながらの謝罪には頭痛を覚えながらも、肝心のところを問う。

「えーと、呪いなんちゃらの嘘偽りは、一先ず置いておいて」

「それを言うなら真偽のほど、あるいは嘘か本当かだろうが。それでは呪いの話がなくなってしまうぞ」

「……その辺も全部置いといて。男に子がないなら、ウチの呪いって? ご先祖様じゃないなら、話が全然繋がらないと思うんだけど」

 葉月がそう言えば、「置いとかなくとも本当なんじゃが」とぶつくさ言う祖父が、気を取り直すように咳払いを一つ。

「そう、問題はそこだ。死んだ男には弟がいた。こちらは兄と真逆を行く性格でな、顔はそうでもない、腕っ節もそうでもないが、仕事ができた。ワシらの先祖は完全に弟の方だ」

「それなら――」

「うん。本来であれば、かかる呪いではなかった。同じ血筋ではあるが、死んだ女が呪ったのは男であって、末代とかそういう話ではなかった。なんだが……頼んだ神がどうやら直後に男が死んだせいで、呪いの方向性を見失ってしまったらしい」

「何それ……」

 呆れる葉月に、祖父が何とも言えない顔をする。

「まあ、そんな訳で、新宮家には代々、女が死んだのと同じ十六の時を迎えると、呪いが降りかかる仕様になっておるのだ」

「仕様って――ううん、待って? 十六?」

「そうだ。お前も今日から十六だろう? 言っておかねばと思ってな」

 祖父が神妙な面持ちをするのを視界に入れつつ、葉月は(そうじゃない)と心の中で突っ込んだ。

 女を取っ替え引っ替えして長らくバレなかった様子の男と、齢十六の娘。

 同い年となった今の立場からしてみれば、男がとても気持ち悪い。

 どう見積もっても誕生日に聞くような内容ではないと、葉月は深くため息をついた。


***


 結局、プレゼントらしいプレゼントは特になく帰ることになった葉月。

 祖父の家で得られたのは、呪われた経緯と、呪いの内容・対処法。

(十六になった日から一年間、自分を信じるな――って、意味分かんない)

 正確には、自分が良いと思った事象を実行してはいけない、である。

 祖父曰く、自分も十六の時にこの話を聞き、そんなことはないと思っていたのだが、ある日、この宝くじを買ったら当たる! という感覚に襲われ、買ってみたところ、それはそれはコント並の流れで、碌な目に遭わなかったのだという。

 詳しい話は割愛するが、小さな不幸が二桁のコンボを叩き出したそうだ。

 とはいえ、祖父は自分の経験を語って後に、こうも言っていた。

 ――まあ、ここまで語っておいてなんだが、この呪いはな、どうも男にしか効き目がないらしい。やはり呪いの発端がアレだからだろう。だからきっと、葉月には関係ない話かもしれないがな!

 そう言って笑った祖父だが、「それでも語ったのは、こんな男には引っかかるなと言う話で――」と説教染みた話が続いたのには参った。

 お陰で、昼には帰れると踏んでいた時間はすでに夕方。

 貴重な誕生日の貴重な時間を、よく分からない話に費やしたと思ってしまったなら、疲労感もひとしおである。

(……とにかく、帰ろう。帰りさえすれば、誕生日のごちそうが待っている……)

 おめでたい気分はすでに消え去ってはいたものの、見つけた光を頼りに、電車で五つほど離れた家に向かう――と。

(……んん?)

 何かが視界を掠めた気がして、釣られる動きで足が止まり、視線が横を向く。

 そこにあったのはコンビニ。

 何の変哲もない建物の外装を確認し、特に足を止めるほどのことでもないと思うのだが、どうにも気になって仕方がない。

「あ」

 そうこうしている内に、葉月の瞳があるモノを捉えた。

 ――某キャラクターとのコラボ商品が掲載されたポスター。

 このコラボはすでに終了していたはずだが、このコンビニではまだ在庫が余っているのか、それとも、ポスターを剥がし忘れただけなのか。

(……たぶん、ポスターの剥がし忘れなんだろうけど……)

 割と人気があるキャラクターのため、葉月が知った時にはどのコンビニでも売り切れていたくらいだ。

(ひ、一つくらい、ないかな?)

 根拠はないが、ここで見たということは、一つくらいあるかもしれない――そんな風に思った矢先、葉月の頭に祖父の言葉、新宮家に伝わる呪いの話が浮かぶ。

 ――自分が良いと思った事象は実行してはいけない。

(……でも、男だけだって言うじゃない? それに、呪いなんて、ねえ?)

 誰かに同意を求めるように心の中でそう言うと、葉月の足は自然とコンビニへ向かい始めていた。

 夕暮れの中で眩い光を放つ店の扉へ手をかけ、そのまま中に入った――

 その時。

「ガタガタ言ってねぇで、とっとと金を出しやがれ!!」

「ぐっ!?」

「!?」

 商品棚の陰から突き飛ばされた店員がカウンターに身体を打ち付け、追うように包丁を持った人相の悪い男が現れる。

 悪すぎるタイミングを前に、葉月は咄嗟に外へ出ようとするのだが、押した扉はガタンッと大きな音を立てて開いてくれない。

(しまった、引き戸!?)

 気づいたところですでに遅く、

「あ? なんだ、このアマ?」

「ひっ!?」

 動かない店員を放った男が、包丁をちらつかせながらこちらへ近づいてくる。

 それでも距離があると扉を開ければ良いのだが、パニックに陥った頭には次の行動に移せる暇がない。

「ふざけやがって、この――」

(殺される!)

 怖がるだけの葉月に苛立った男が、大股で近づきながら包丁を振りかぶる。

 そのまま下ろされれば死だけが待つ状況だが、身体はなおも動いてくれず。

 鮮血が飛び散った。

 葉月の目が大きく見開く。

(誕生日、なのに……こんな……)

 力をなくした足に引きずられ、背中が扉を滑り落ちていく。

 綺麗なガラス戸は葉月の輪郭を写した血を引きずり――へたり込む少女の上に、男の影を置く。

 ――背後から伸びた手に、露出した心臓を捕まれた男の影を。

「がっ……ごっ……」

 一変した姿に、無傷の葉月以上に驚く男は背後を見るが、彼に認識できたのは、突き飛ばした店員の姿が、カウンターから消えていることだけだった。

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