五. 祭

 夏祭り当日。

 外に出た。夕方だというのに、まだ昼間のうだるような暑さが残っていた。

 それによって暖まったアスファルトの地熱の熱さが肉球にじんわりと刺してくる。

 浴衣姿の萌音ちゃんと浬の後ろをついて、後を追う。

 歩くたびに揺れる首輪についてる鈴の音。チリンチリンと良い音を奏でる。不本意ながら、前を歩く二人の夏祭りに向かう気持ちを高めているようだった。


「浬くん、まず何する?」

「萌音の好きなのでいいよ」

「じゃあまずはヨーヨーすくいしたい!」

「まかせろ、今年こそは取る! ミルクも目ん玉開いて見てろよな」

「ニャア」


 何が、ニャアだよ。

 このくだり、去年も同じだったぞ浬。

 運動神経は抜群のはずなのに、こういうゲーム性のものは向いてないらしい。去年も取れなくて結局萌音ちゃんが自分で取ってたっけ。何でもこなせるようで案外抜けていて案外可愛い奴だったりする。

 萌音ちゃんは彼のそんな所も知っているから好きになったんだと思う。

「ミルク、もう危ないから入ってろ」

 例年どうり、早々に浬の肩掛け鞄に入れられ移動することになった。さすがに顔だけは出させてもらっている。そうじゃなきゃボクだってお祭りの雰囲気を楽しめないからね。

 会場に着いたボクらは早々にヨーヨーすくいへ。結果惨敗。 


「今年こそはヨーヨー取れると思ってたんだけどなー。結局今年も萌音が取ったしー。来年こそはリベンジする!」

「そーだよ。来年頑張ろ、浬くん。次はスーパーボールすくいしない?」

「おお、やろうぜ」


「そういや萌音、何でこんなにスーパーボールいるんだ?」

 何に使うんだ、という呆れ顔の浬。

「これ? だって留守の間、ミルク退屈しないよーにね、たくさん欲しいの」

「ミルクのおもちゃか、納得。じゃあ俺、いっぱい取ってやるからな、ミルク」


 おいおい、納得されてもなあ。

 でも実際、おもちゃ箱からいっぱいスーパーボール出して豪快に猫パンチして遊んでるわ、ボク。


「あー! 俺のすくうやつ破れたし」

「兄ちゃん、ほらサービス。新しいポイあげるから彼女にいい所見せな」

「あ? おっちゃん、ポイって何だよ」

「あん? スーパーボールとか金魚すくいに使うそれをポイって言うんだよ」

「へえ、こんなのにも名前あるんだな、知らんかった」

「勉強になっただろ?」

「まあな」

「ほれ、早くやれって。みんなには内緒だからな」

「サンキュ、おっちゃん」


 しかもこのおっちゃんに彼女にいい所見せなって言われているのに、その話題についてはスルーかよと突っ込みたくなってしまう。

 本当に浬に足りないもの、それは恋を知ることだろうって思った。

 萌音ちゃんもスーパーボールすくいに夢中になっていて、おっちゃんの言うことなんて気にもしてない。

 ああ──本当にこの先。この二人が交わる接点があるのかと不安になる。

 もし、もしもだ。交わらないまま終わってしまったとしたらどうだろう。

 ボク的にはライバルが減ってホッとするのか?

 いや、ボク猫だし。

 それともそれぞれが違う誰かを好きになってしまうのか?

 そんなこと絶対に悲しすぎる。

 一体ボクは浬の敵か味方か、どっちなんだよと自分に突っ込みたくなって笑える。


「ニャアア」

「ん、ミルクどした?」

「ニャ……(しまった、笑ってんの気づかれたか)」

「疲れたらもう寝ていいぜ、ミルク」


 お前、ほんとにいい奴じゃん。萌音ちゃんが惚れるのも分かるっていうかさ。ほどなくして夏祭りの記憶が曖昧になった。肩掛け鞄の揺れが妙に心地よくて眠気を誘った。

 




 




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