第14話

大西さんが連れて来られたのは体育館裏だった。



今は体育館内にも人がいないようで、シンと静まり返っている。



あたしとヒナは息をひそめて壁の影から6人の様子を見守った。



「お前、調子乗ってんじゃねぇぞ!」



「ちょっと可愛いからって、奏の男に手ぇ出しやがって!」



そう言ったのは奏以外のギャルたちだった。



奏は彼氏の手前なので一応はセーブしているようだ。



その様子に少しだけ安堵した。



男子たちがいなかったら事態は更に深刻になっていただろう。



「あたしは別になにもしてないけど?」



大西さんは小首を傾げてそう答えた。



風が吹いて艶やかな黒髪が嫌味のように揺れる。



そんな状況なのにその姿はやっぱり美しかった。



「なにもしてないだと!?」



ギャルの一人が握り拳を作り、振り上げる。



それを大西さんの顔面めがけて振り下ろそうとした瞬間、男が大西さんの前に出ていた。



肌を打つ乾いた音が体育館裏に響く。



ギャルは青ざめ、一歩あとずさる。



しかし男も大西さんも表情を変えなかった。



それはまるでマスクでもつけているようで、恐怖心をあおられる。



「なんで邪魔するんだよ!」



ギャルは負けじと叫ぶが、明らかに劣勢だ。



雰囲気ですでに負けていて、奏は泣きそうな表情でうつむいてしまった。



「……どうしてその子を庇うの?」



奏が震える声で彼氏に問う。



彼氏はなんの躊躇もなく答えた。



「女王様だからだ」



ざぁ……っと風が吹き抜けた。



女王様。



その言葉があたしの脳裏に焼き付くように刻まれる。



確かに、大西さんにはその言葉が良く似合う。



けれど、今のニュアンスはどこか違った。



ニックネームで呼んだのでもなく、冗談半分に言ったのでもなく。



本当に大西さんが女王様であるかのような言い方だった。



大西さんが、微かに唇を開いた。



薄くリップを引いた桜色の唇が言葉を紡ぐ。



「その子たちにキスしなさい」



その言葉は風に遮られることなく、運ばれていた。



あたしは大きく目を見開く。



ヒナが隣で「え?」と小さく呟くのが聞こえて来た。



次の瞬間、男2人が前へと歩み出た。



奏が戸惑った表情を自身の彼氏へ向けている。



「ねぇ、どうしたの?」



そんな奏での声なんて聞こえていないかのように、強引に唇を押し付けた。



奏は一瞬大きく目を見開いて、男を突き飛ばそうと両手を上げた。



しかしその手は奏の腰辺りで止まり、そのままダランと垂れ下がったのだ。



奏の顔は見る見る内に陶酔して行き、目がうつろになっていく。



あたしは心臓が早鐘を打ち始めるのを感じて後ずさりをした。



昨日と同じだ……!



昨日は大西さんが2人の男子にキスをして、こんな風に陶酔した表情になってしまった。



そして今日、男子たちは大西さんの言いなりだ。



これはただのキスじゃない。



そう感じた瞬間、あたしはその場から逃げ出していた。



ヒナが慌てて追いかけて来る。



「ちょっと、あれってどういうことなの?」



教室へ戻ってからヒナがそう聞いて来た。



あたしは肩で大きく呼吸をして、左右に首を振った。



「そんなの……あたしが聞きたいよ……」


☆☆☆


その後教室に戻ってきた大西さんは、男子2人とギャル3人を従えていた。



5人は大西さんの言葉に熱心に耳を傾けて、大西さんが欲しい物をすぐに提供している。



さっきまで敵意をむき出しにしていた人と同一人物だなんて信じられなかった。



あたしはその光景を見ていることが恐ろしくて、ジッと自分の机を睨み付けていた。



後ろから聞こえて来る声にいちいち心臓が飛び跳ねてしまう。



どうして彼女が真後ろの席なんだろう。



せめてもう少し遠い席にいてくれれば、ここまで気にならなかったのに。



そう思い、下唇を噛みしめる。



「心美、ちょっといいか?」



そう言われて顔を上げると柊真が立っていた。



「柊真……」



柊真の顔を見ただけで安堵する自分がいる。



「いいよ」



あたしはそう言ってすぐに席を立ったのだった。

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