100%的中の占い師だったんじゃが、一番の勝負所『勇者捜し』で外してしもうた!

ムツキ

◆ 絶対に隠し通すし?! ◆


 ルリフラこと、ルイムシェンナ・リモ・ファマンネ・ラーシャは占術士だ。

 齢八十九となるも、見た目は十代前半である。

 三つ編みにした固い髪質に、鋭い三白眼。どちらもハシバミ色をしている。肌は潤った土のようで、顔も体も丸みを帯びたずんぐり体型だ。


 彼女はドワーフである。

 少数民族となった人族の保護を目的として活動している――と、少なくとも彼女は思っている。


「ルリフラよ、どうなのじゃ?」


 三月初旬にふさわしい柔い陽光と冷たい風が、広すぎる室内を満たしている。

 豪奢な宮殿の一間、重臣が居並ぶ宮殿の謁見の場だ。


 人族の国王に召喚され、このような質問をされる事も多々ある。その度、ルリフラは厳かな声で、気取って答えるのだ。

 今回も同じく、ルリフラは咳払いをする。

 すでに数時間が経過している。


 毛足の長い赤絨毯にペタンと腰を下ろし、直置きされた地図はルリフラが巻き付いても余るほどに広い。

 地図の上には色とりどりの宝石が散らばり、丸い水晶球も転がっている。

 どれもがルリフラの商売道具だった。

 誰もが固唾を飲み、彼女の答えを待っている。

 たっぷりと時間を取ってから、彼女は水晶球を手に立ち上がる。


「人の子の長よ、ズバッと見つかりましたのじゃ!」


 威勢も良く張り上げた声は、しっかりと隅々まで届いた事だろう。地図の上を歩き、ある一点を指さす。


「人の子の『勇者』が産まれしは、この村なのじゃ!」


 どよめきが起きる。

 ルリフラの占術は基本二択式、難しい事は何一つない。YESかNOで判別するのだ。そして99%当たると評判の腕だ。

 彼女が答えたからには、間違いなくこの村に勇者は存在する。


 なぜなら、ルリフラの占いには99%『いない』と出たのだから――。



◆◇◆



 まだ幼き日。

 彼女が右と思えば左、北と思えば西。山と思えば丘、彼女の思い描くもの全て、ことごとく外してきた。

 それも対極にあるわけではなく、ただひたすらに外すのだ。

 法則などない。外すだけなのだから始末に悪い。


 親は呆れ、師匠も匙を投げた。不器用もここまで極められるのかと揶揄される日々。

 壊滅的な直観力と不器用さに、ルリフラの未来は終わっていた。


 そんなある日の事だ。

 村に滞在していた冒険者が、ルリフラの話を聞いて笑った。


「ルリフラは、バカだなぁ。100%外すなんて凄い事だぞ! 考え方を変えろよ、確実に外せるんだぜ? 取捨選択は間違わないって事だろ?」


 と。

 人間だった彼の言葉に目が覚める想いと共に、ルリフラの未来を切り開いてくれた人間への恩返しを心を決めた。


 ルリフラは彼と共に旅立ち、世界を知った。

 占いと銘打った怪しい職業もルリフラの壊滅的な直観力によって、真実味を増していく。それらしく見える小物が増え、話し方を学び、答え方、正しい質問の誘導方法を覚えていった。


 やがて行きついたのが、単純明快な『YES』か『NO』方式だ。ルリフラは確実に外すのだから反対を答えれば当たる。選択肢が多くては、彼女の直感は何の意味も為さない。

 後はうまい言い口や遣り口を覚えるだけだった。そして年月が実績を作っていった。


 頭角を表すまでに半世紀以上。

 今や彼女は、押しも押されぬ的中の占術士だ。


 今回のルリフラの仕事は魔女退治の勇者選出。破格の金が動き、彼女の鼻息も知らず荒くなるほどだ。

 一つ一つの村や町をしらみつぶしに『はい』と『いいえ』で占ったのだから、時間も掛かって当然だったし、苦労もその後の金を思えば踏ん張れる範囲だった。


 だが、何百カ所と占ったのだ。

 予想以上の疲労がルリフラに蓄積していたのだろうと、今の彼女には分かる。「ここに勇者はいますか?」との問いは、この村についてからも続くのだ。

 それでも「いいえ」と出た喜びのままに、人族の王に命じる。


「人の子の長よ、早うに保護するのじゃ! まだ、人族のともしびを! 消させはせぬぞ!」


 気分も最高だった。



◆◇◆



 十数年の時が経ち、ルリフラは己の選択を後悔している。


 勿論、全てではない。『YES』『NO』方式は当たりだったし、現在もその技で寝食を得ている。名声も、何もかもが充分過ぎる程だ。

 後悔はたった一つ。

 休憩を入れて、冷静さを取り戻すべきだったのだ。


 その時、保護した赤子の名はフェイ・ビアスという。

 今年十歳になる少女は、太陽さながらの笑みと優しいぬくもりをルリフラに与えている。栗色の髪と目をした子供は、人族の子らしい柔らかい肌と頼りない手足をしていた。


 今日も夕陽を浴びて、山の修練から戻ってきた所で、手を振りながら駆け込んでくる。

 突撃された身体を抱きしめ、ルリフラは彼女の頭を撫でる。


『勇者』として保護した赤子は順調に育っている。

 本当に勇者だったら、こんなにも嬉しい事はない。

 だがフェイは勇者どころか、魔法をほとんど使えず、特別な力は何一つない。国王の計らいで多くの教師を付けているお陰で、普通の人間よりは遥かに戦えるものの、世紀の大魔女と戦える程ではない。


 ルリフラは気付いている。

 謝礼に目がくらみ、大喜びで村についていったルリフラは一軒一軒くだんの方法で占った。そうして何軒目かに出た『いません』に飛びついた。

 あの時の一回の『占い』が、人生初レベルの直感力で『アタリ』を引き当てていたのだ。


 隠さなくてはならない――本物の勇者ではない事を。

 この子にも、世界にも、何よりも本物の勇者にもだ。


 ルリフラにとって、フェイは勇者ではなく、友人となっていた。


「ルリフラ、今日も、がんばったよ!」


 明るい声にどれほど癒されたか知れない。人族の関わりはいつも、ルリフラに新しい感情を呼び起こしている。

 彼女には眩しすぎるほどの笑みを浮かべた少女。この顔を曇らせない為なら世界を騙す事など今更だった。


「フェイ、明日も修練があるのだ。はよぅに食事としよう」


 幸いな事に、国をあげてフェイが『勇者』だと近隣に広まっている。本物の勇者すら、己が本物だなどとは思わないだろうと彼女は考えていた。


 ルリフラはフェイの手を握り、帰り道を歩く。

 緑の減った旧畦道を歩きながら、歌を口ずさむ少女。

 反対に、根回し画策へと思いを馳せ、自己の名声の安定にまで気をやるルリフラ。計算高さは人間と関わるうちに身に付いたもので、人間よりも長生きなルリフラの方が長じているはずだった。


 さしずめ――。


「勇者の護衛しませんか?」


 ポツリと呟いた言葉はとてもいい言葉に思えた。フェイが顔を向ける。


「なぁに?」

「いや、何でもないんじゃ。ほれ、駆け足じゃ」


 ルリフラは少女を急かし、人の悪い笑みを浮かべた。



(了)



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100%的中の占い師だったんじゃが、一番の勝負所『勇者捜し』で外してしもうた! ムツキ @mutukimochi

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