第37話 深山颪

「じゃあ、ノリちゃん部活がんばってな―」

「おう! いってくるわー!」

 片手をふって走り去っていく孝則を見送って戦は屋上へと向かう。中間考査も終わり、部活が再開されたからかあちこちから掛け声が聞こえてくる。公式戦も近いのだろう、一段と声も大きくなって気合十分だ。

「よし、俺も!」

 パン、と頬を叩いて戦は足に力を込めた。

「来い! 是空!」

 呼び声と共に戦の手に白い光が集まり、そして一振りの刀の形をとる。是空の力は”魄の流れを読み取る”力とみて間違いないだろう。是空の発する光を読み取って、神経を研ぎ澄ませば魄の澱んだところが見える。

 その場所に行けば、業物を持った剣憑きがいる。だから、戦の学校終わりのルーティンは学校の屋上で是空を顕現させ、辺りを探る事だ。

「……良かった」

 今日は業物の気配も、大業物の気配もなかった。大業物がそうそう現れない、とよく聞いていた。確かに、2つの大業物はその特性はもちろんの事、宿主の心の在り様が激しかった。

(なら、俺は?)

 そう思う。自分には篤臣のような絶望感も、千紗のような虚無感もない。ただただ普通に、料理人を目指して生きていた。鬼だから、というだけでは理由がつかない。

「俺の中の激しい感情って、なんだ?」

「そりゃお前、お前は目の前で親が殺されたんだ。復讐しかないだろ?」

「!?」

 是空に集中していたから気づかなかった。戦の背後に誰かが立ち、さも当然とばかりに言い放つ。

「お前の中の魄が乖離して、鬼の力を全部かっさらったのも、全ては復讐のためだ」

 大ぶりの太刀を背中に背負い、大男は告げる。その姿は百束のそれとよく似ているが、顔がよく見えた。顔の中央、眉間から鼻筋を通り左頬にかけて大きな傷があった。男の肌は白く、赤く紋様が浮かんでいる。

 水去とは違う、だが、同じような禍々しい気配を放っていた。

「お初にお目にかかる。俺は寺日じび、お前が追っている鍛冶師の一人」

「!? 大将自らくるたぁ、大盤振る舞いだなぁ!」

 一瞬で目の色を変えたイクサが是空を構えなおす。戦のかわり様に、寺日は感心したように息をついた。

「俺はお前に一つ提案をしてきた」

「提案?」

「降伏しろ。お前ひとり剣を振るったところで、もはやこの世界の崩壊は止まらないだろう。多勢に無勢というものだ」

「っ!!!」

「蒼穹城が落ちた時点で終わればよいものの、護り手の一人が是空を抱えてこちらの世界に逃げ込んだのだ。我々鍛冶師が長き時をかけて鍛えた大業物の中の大業物―――それが是空だ」

「ほぉ、自信作をパクられたぐらいで女々しいことを抜かすなよ。それに、こいつはじいさんの物で、俺の剣だ」

「そうだな。だからこそ、我々は如何なる手を持ってでも是空を手に入れねばならんのだ」

「だからって、関係ない人間を巻き込むのが正しいわけじゃねぇだろ。何のために剣を鍛える?」

「炉にくべる薪を拾っているに過ぎない。人の魂こそ最良の玉鋼……そうであったのだがな」

 目を伏せ、寺日はなにかを考えるように俯いた。

「再び目覚め、見てみたが。人の世の何と様変わりしたものよ。いや、本質は変わらないが、それにまとうものが増えすぎて純度を上げるのに苦労する」

「?」

「元来人は、生きていくだけで十分であったはずなのにな」

「あぁ、そういうことか。人間の欲が、あんたらにはじゃまになってきた、って事か。水去の奴が純度がどうのこうの、って言ってたし。人間のガキを狙うのも、恐らくそういう事なんだろ?」

 今まで戦ってきた剣憑きの年齢層はティーンエイジャーと呼ばれる層だった。

「あぁ。幼き頃は神の加護が強く、大人に近づけば近づくほど、欲にまみれ魂の穢れは増していく」

 ゆったりとした動作で寺日は背中にさした太刀に手をかける。すらりと伸びは大太刀は、軽くイクサの背丈はあるだろうか。

「ゆえに、鬼の世も汚れてしまった。兆木はそれを元に戻すだけだ」

「!?」

 どん、と大太刀の石突がアスファルトをゆらすと、そこは鬼の世界。何もない、ただただ暗闇が広がる世界。仕掛けてくる、そう思い戦は是空を握り直す。

「本来、我らの世界はこのように荒れ果ててはいなかった。我々は、この世界の本来の姿を取り戻す」

「くっ!?」

「お前にとって悪い話ではないはずだ。本来お前の居場所は人の世界にはないのだから。それに、お前は鬼の王になるもの、人の世に何の価値などないだろうに」

「そんなことない!」

 即答か、と寺日が残念そうな響きを持って呟いた。まるで、戦がその答えをするのを完全に拒絶しているかのようだ。

「良いだろう。次の大業物を見つけられた時、お前に先程の問いを再びしよう。その時の答えこそ、お前の魂からの応えになるだろうよ」

「ふざけんな! 俺は今までも、これからも、人間の世界で生きていく!」

「その答えに揺らぎが出ることを、俺は願ってやまないよ」

 そういうなり、寺日のあたりに突風が吹き荒れ、かき消えた。人の世界に戻ってきた戦はがくりと膝をついた。

「なんだ、あれ……」

 威圧感に押しつぶされそうだった。是空が感じ取った魄の強さは戦が見てきたどんな鬼よりも強く、激しかった。ただただ力をそのまま体現したかのような風貌に、戦に向けられたのは殺気だ。

 そよそよと戦の頬を風が吹き抜けていく。遠く遠く響いてくる生徒たちの声を聞きながら戦はしばらくその場から動けなかった。

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