稀来の凬巫女編

第36話 山風

「あれ? あーし、なんかヘンな事言ったっけな?」

 首をかしげた女はふわふわと浮いていた。凬巫女、という名をそのまま表したような存在だった。神社より新宿にいそうな雰囲気だけれど。

「貴様が百束が言っていた稀木の凬巫女か!」

「だーかーらーぎまちゃんって呼んでってば―。ダサい上に長いんだよね―それ」

「お前も鍛冶師なのか?」

「王子様からの質問には答えなきゃだ。あ―し、王子様って響きメチャ好きなんだよねー。ほら、キラキラしてんし」

 きゃらきゃら、と笑う女の態度にあっけにはとられるけれど、今のところ敵意をむき出しにはしていない。人ではないのは確かだけれど、だからと言って鬼というのも違う気がする。

「あーしはいわば神様のなりそこない。だから、あーしはこの戦い、気になってんだよね」

「は?」

「だって、この世界と鬼の世界がごちゃ混ぜになって終わっちゃうかもなんでしょ?  それに、業物ですらほとんどできないのに、大業物まで出てきたんじゃん。これマヂ激アツだと思うんだぁ」

「お前、この剣の事詳しいんだな」

「だってぇ、前回の剣狩りの時あーしいたもん。楽しかったなぁ、あの時めっちゃ楽しかったぁ!」

「前回?」

「もしかして貴様が鍛冶師の封印を解いたのか!?」

「うーん、そうだっけなぁ。なんせあの時あーししこたま酒飲んでたしぃ~。誰かいたか、いなかったか、忘れちゃった」

「若君、話になりません」

「うん、頭がこんがらがってくる」

 顔を見合わせ、その場を離れようとした瞬間、戦の目の前に稀木の巫女が降り立った。その表情は硬く、苛立ちを前面に押し出し、先程まであった呑気な色はどこにもなかった。

「おい、テメェら。あたしを馬鹿にしたな?」

「……」

「いいさ、あーしはあーしのやり方でこの戦いを見守らせてもらうし! とりあえず、さいなら!」

 轟音を響かせながら稀木の巫女が飛び去っていく。

「今回の件は自信作だって寺日が言ってたよー! じゃぁねぇ~王子様!」

 きゃははと笑い声だけを残して消えて行った。

「寺日……。鍛冶師の一人ですね」

「あぁ、百束のお陰でだいぶ情報がつかめてきたな」

「あの巫女の事ですから、すぐにでも若君に付きまとうに違いありません!」

「……そんな気がする」

 この状況をゲームに例えるなら、第三勢力が現れた、と言ったところだろう。今のところ中立だろうが、あの性格ならどっちにも転ぶだろうし、どっちにもいい顔をするに違いない。

「百束との連携を取った方がよかったのでは?」

「いいや。ああいう強キャラは後半からの合流って感じがするし、それに、俺が嫌だって言ってる」

 心の底で、イクサがまだ腹を立てているのを感じる。自分だってそう思う。

「とにかく、次の大業物の気配を探ろう」

 被害が深刻になる前に、見つけ出さなくては。大業物が出す波長を感じ取る力も日に日に増している。

 ――― けど。


 毎日、というほど頻度は無いけれど剣として向かってくる人は増えてきた。自分の命を狙って人が襲ってくる。

 ある人は、戦いたくない、と涙を流し、

 ある人は、正義のためだと奮い立たせ、

 ある人は、自分は悪くないと自暴自棄になる。

(手あたり次第、ってわけではないだろうけれど、あまりにも、人の思いを踏みにじっている)

 好戦的だった人も少なくない、けれどもおおよその人は騙されて戦に戦いを挑んできた。それもそうだ。この世界は戦いから遠ざかってしまっている。凶悪な事件も事故も遭わないように誰もが爆弾を押し付け合っている。

 だからって、こんなのはあまりにも理不尽だ。


 篤臣はまだ幸運だった方だ。業物であっても、イクサの前で消えて行ってしまった人はいた。その度に、戦の心を急かす自分がいた。

(早く、終わらせないと)

 それはわかる、わかっている。そうしないと、自分が描いていた未来にはたどり着けない。子どもの頃から描いていた、おかげ堂でみんなを美味しいごはんで満たす事、ぼんやりとしていた夢がはっきりと形になっていく。

 漠然と叶うだろう、なんて思っていた自分をしかりつけたい気分だった。その夢をかなえるためには、いくつもの障害を越えなければならない、そんな気がしてならない。

「おい、庵!」

「はい!」

 急に教師に呼ばれ戦は顔を上げた。そうだ、今は英文法の授業だった。気づけば教師は戦のすぐ隣に立っていて、険しい目を戦に向けていた。

「何度も呼びかけても気づかないなど、教育を受けるものとしての自覚がなっていない」

「……はい」

「疲れているのなら、保健室に行くことを提案しよう」

「いいえ、大丈夫です」

「ならば、教科書68ページ三行目の英文から読み上げること」

 そう言われ、戦は視線を教科書に移した。こんなに進んでいるとは思わなかった。慌てて指定された場所を読み上げた。

(そうだ、俺にはやるべきことがたくさんある)

 教科書越しにクラスメイト達の後ろ姿を見る。彼らは自分がこの場を去っても何も気づかない。そうだとしても、自分は彼らの事を覚えている。過ごした年月、たわいのない会話。それらを守る。


「ふーん。王子様って真面目なんだぁ。襷ちゃんにやっぱ激似じゃんよ」

「横取りするなら全力で潰すぜ」

「やーよ。アンタの馬鹿力面倒なんだもん」

 学校のフェンスの向こうからイクサのいる教室を眺めていた女はケラケラ笑うと飛び去った。

「力を見せてもらうぜ、王子様」

 後に残った男はにやりと笑うと、懐から砂のようなものを取り出して地面に流した。砂はひとりでに動き回り、戦の学校の周りを取り囲んだ。

「鍛冶師、寺日じび。お初にお目にかかる」


 

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