第17話 火炎胎動・鼓動

 もしもifを重ねる。

 意味のない事だとは分かっている。それに、あの時あの男の言葉に揺らいだのも事実だ。

 魂を悪魔に売った。そのおかげで前にもまして動けるようになった。おまけについてきた鬼退治は驚いたけれど、初めて斬る相手があまりにも”普通”で驚いた。


 斬る相手は炎神御柱が教えてくれる。

 

 相手は自分と似た姿、絵本で見た鬼とは全く違う。それなのに、彼らは白い姿になり、人を襲っていた。初めは恐ろしかった。なにせ、何一つ自分と変わらないのだから。でも、鬼は人を襲い、魂を食べる。

 そうだ。正しいんだ。これは、正しい事。 

 正しい事をしている自分は、正しいんだ。


 途中から、バスケよりも鬼退治の方に意識が向いていた。驚くほどあっさりと、本来の目的より逸れていった。気づかないうちに自分は炎神御柱に飲み込まれていた。


「汝、鬼を喰らう焔となれ」

 そう剣が語りかけてきた。炎をまとった獅子は鋭い眼光で自分を見ていた。燃えるたてがみに厳めしい鎧をまとったそれは自分の在り方なのだと水去は言っていた。

 そうだ、こんなにかっこいい物が悪いものなわけがない。


 でも、どうして炎神御柱は自分を喰らったのだろう。従順な獣であったのに、どうして自分を……。


「全然ひび割れないけど、本当に割って大丈夫なんだよな!?」

 是空を呼び出した後、戦は何度か揺籃に刃を突き立てていた。それでも炎の盾が厚いのか、それとも揺籃自体が堅固なのか、全く変化は見られない。

 それどころか、攻撃されたことに気づいた揺籃が炎で戦を圧倒し、ヒュンヒュンと飛びまわる。その速さはだんだんと上がっていき、自動車並みになっていく。

「それ以外、方法がありません。本来なら、もっと早い段階で切り離すべきでした。しかし、こうなっては最悪の事態も考えなければ……」

「そんな事させないって!」

 篤臣とは接点はないけれど、戦った剣憑き達はみな傷ついていた。それならば、篤臣にも傷があるはず。己の魂魄をかけるほどの何か大きな傷が。

「分かりました、若君。そのまま攻撃を。私が追い込みます」

「任せた!」

 戦が距離をとると、今度は八尋に向かって揺籃が飛んでいく。後方に跳びあがり、次は右、その次は左、と身軽に躱していく。大業物相手であっても、八尋はひるむことなく攻撃をかわしていく。

 攻撃よりも回避に重きを置いている。相手の出方を伺っているようだ。八尋が交わしながら少しずつ戦の方に近づいてきた。

「若君!」

 すっと身をかがめた八尋の跳びこして、戦は空に跳んだ。

(なぜだろう)

 人の世界と”ずれて”いるからか、戦の身体は軽くなっていた。軽く3メートル以上跳びあがったことに戦は不思議に思えた。普通なら、50センチがいいところだろう。それなのに、今の戦は軽く跳んだだけで、それだけの力だがせた。

 軽く跳んだはずなのに、気分的には吹っ飛ばされたような感じがした。

(でも、なんだか、しっくりくる)

 空気が違う。なんだか安心するような、心地よさが頬をなぞる。

 戦は体勢を空中で立て直し、是空を下に向ける。そのまま落下していく体に沿わせ、炎神御柱の揺籃に突き刺した。

 落下の衝撃と是空の重さ、そして戦の体重が乗った途端、ミシミシ、と揺籃から音がした。割れ目から高温の風が吹き出し、戦は歯を食いしばった。

 まるで焚火の近くにいるようだ。

 焦げるような臭いがしたと思ったら、揺籃が割れ目を抱えたままふらふらと空に昇っていく。割れ目からドロドロとしたマグマのような物がしたたり落ちて行く。

「な……大丈夫、なんだよな?」

 マグマのようなそれは味方によっては卵の黄身、つまり中に入っている篤臣のような気がして、なんだか怖くなってきた。

「はい、流れ出しているのは炎神御柱の力です。人間の気配はまだあの揺籃の中に……あれはっ!?」

 急に揺籃が輝きだしたかと思うと、マグマもまた戻っていく。目もくらむような輝きに目を閉じた。

「あぁ、これこそ、待ちわびていた鬼界の空気。力が満ちている、ここでこそ力が発揮できるというもの」

 目を見開いた時、戦は愕然とした。篤臣が立っている。いや、篤臣の姿をした何者かがそこにいた。

「篤臣……?」

「否。拙は炎神御柱。剣憑きと同化し、焔となりし者」

「………!」 

 遅かった。声色は間違いなく篤臣のそれだ。けれど、言葉から感じられる雰囲気が篤臣のそれではなかった。

 それに身にまとう服が現代とはかけ離れていた。大鎧、といった表現がしっくりくる。教科書とは違い、兜ではなく装飾のついたハチがねのような物をつけている。肩の矢返しもどこか西洋の鎧のように肩を覆っている。

 口元を隠す仮面は鬼のように大きく避けた口が彫られている。

 重装備の鎧をまとった篤臣、否、炎神御柱がこちらを向いている。黄金に輝く瞳に闘志を灯している。

「拙はこの世界に炎を撒く者なり」

 轟轟と炎神御柱の周りの炎が猛々しく唸っていく。それらはまるで獅子の咆哮のようだ。

「世界に炎を撒く?」

 不思議な言い回しだ。

「いまだ目覚めぬ空を抱く者よ、汝に問う」

「…………」

「正しきことをなしているか?」

「正しき、事?」

「この者にとってこの世は正しくない。拙はそれを知り、焔となる事を選んだ」

「街を燃やしたのは、お前か?」

「肯定」

 何のためらいもなしに、炎神御柱は言う。町を燃やしたのは正しい事。

「ノリちゃんに炎をぶつけたのは?」

「たまたまだ。当てる気などなかった。たまたまそこにいた」

「…………」

「忌むな。拙は力。剣憑きの心のまま振るう剣なり」

「その結果、篤臣が消えてもか!」

「それも剣憑きが望んだことなれば」

「ふざけるな!」

 話が平行線だ。鬼の力で作られた存在だからか、感情が読み取れない。

 ただ、一つ分かるのは。

「お前を篤臣から引っぺがさないとまた街燃やすんだろ!」

「然り。拙は燃やす事で正しき事を成すものなり」

 戦はふ、と息をついた。

「八尋」

「はい」

「……引きはがすぞ」

 戦の言葉に八尋は力強く頷いた。

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