第16話 火炎胎動・揺籃

 水去が消え去ると、戦はその場に座り込んだ。剣同士の戦いを見た、というのもあったけれど、引っ掻き回すだけ引っ掻き回しに来た、というのが戦の印象だった。

「あいつ、何しに来たんだ……」

「分かりません。ただ、同化が進んだといっていましたね」

 頭に上った血を冷ましているのか、八尋はいつもよりゆっくりと喋った。

(逃げたって言ってたよな……)

 水去と八尋には面識があるようだった。八尋の反応からして、八尋にとって何か痛手を水去が与えたのだろう。いつも冷静な八尋があそこまで激昂するのは初めて見た。彼女にとって鍛冶師という存在がどのようなものか、うかがえた。

(それに、あの言葉に突っかかってたようにも見えたよな)

「なぁ、逃げたってどういう……」

「若君、あれを!」

 八尋が高架下から出てくると、指をさしている。八尋が言葉を繋げるよりも早く周囲が暗くなっていったような暗さだ。確かに山に囲まれたここは日暮れは早い方だ。けれど、この早さは異常だ。

 本来なら、夕暮れになっている時間なのにもう真夜中のようだ。

「なに?」

 八尋の視線の先を見ると、戦の目が開いた。

 

 球体。炎に包まれた球体が上空に浮かんでいる。その大きさは人が一人収まる程度だ。地学の勉強で見た太陽のように、球体を帯状の炎が包んでいた。さながら小さな太陽のよう。

 それが川の真ん中、中洲の中心に不気味に浮かんでいる。

「炎神御柱……なのか?」

 漂ってくる気配は間違いなく炎神御柱。けれど、剣の姿ではなく、それに篤臣の姿もない。

「あれが、同化ってやつか?」

「ええ、それにここ一体が”ずれて”います」

「それって、どういうことだよ」

「この空間だけ、本来の土地と切り離されています。大業物にもなればそのようなこともできるのだと言われています。実際に見たのは初めてですが」

「鬼の世界って事か?」

「はい」

 短く八尋が答える。闇に閉ざされていく川べりは普段見ている光景とは全く異なっていた。

「その証拠に、若君の友人がいないではありませんか」

「!?」

 あわてて高架下に戻ってきたら、先程孝則が寝ていた所には何もなくなっていた。

「ノリちゃんが消えた!?」

「違います、私たちの方が消えたのです。その証拠に地面をご覧ください」

「なんだこれ!?」

 キラキラと何かが地面のあちこちに落ちている。水晶のようなそれは戦が踏むとパキン、と小さな音を立てて砕けた。

「その水晶のような物が魄です」

 なにもなかったらきれいだ、と言えるだろうが、今はそんなことを言っている場合ではない。戦の視線は小さな太陽と化した炎神御柱に注がれている。


「同化が進むとこの様に剣は形を変え、剣憑きを包むのです。揺籃ようらんというものです」

「揺籃……じゃあ、篤臣は?」

「分かりません。ただ、このままいけばこの人間の魂と魄が完全に断たれ、その人間は人の世界にとどまれなくなります」

「つまり……」

「記憶があるまま、この世界に閉じ込められるという事です。輪廻に向かうことなく、未来永劫このままです」

「なんだって!? じゃあ、すぐにでも助けないと!」

「お待ちください!」

 走り出そうとした戦の前に八尋が両手を広げて立ちはだかる。

「策もなしに揺籃を砕くことはできません! あれはいわば剣憑きの魂魄の形です。正しく剣と剣憑きを切り離さなければ魂魄のどちらも砕かれ、その者は消滅してしまうのです!」

「あいつ、これが言いたかったのかよ!」

「揺籃はいわば力そのもの。ここまでの力を感じるのは、さすが大業物といったところでしょう」

 ドクドクドク。心臓が高鳴っていくのを感じる。目の前の太陽は次第に大きく、そして強く輝いている。まるで火の鳥が身を丸めているような。ゆらゆらと風に炎を纏わせ、物々しい雰囲気をたたえている。

 これと戦うのか。

「八尋、どうやったら揺籃は砕けるんだ?」

「揺籃とはいわば卵のようなもの。戦えば、その打ち砕かれるでしょう。ただ、同化までの時間があとどれだけ残されるかが問題です」

「三日って言ってたけど、ああいう奴の場合嘘言うのが定番だろうし」

「はい。あの人間の魂魄の在り様でいくらでもありえます」

「……」


 ―――夢がある。

 いや、正確にはあった。と言った方が正解だろう。なにせ、もう叶わないんだから。

 小学校の頃からバスケばかりやっていた。そのおかげか、中学では将来有望だと言われていた。努力が実って、郊外のクラブチームから誘いが来ることもあった。


 嬉しかった。

 平凡な自分にできることが、これだから。それなのに、怪我をしてしまうなんて。幸いにも後遺症が残るほどではなかったけれど、入院して戻って来たときには部活にもクラブチームにも居場所はなかった。

 

 それくらい、どうという事はないと親は言うけれど、学生にとって数日顔を合せないというのは対人面において大きなデメリットだ。


 日々の練習が物を言う世界で、数か月の出席停止は復帰ができないくらいの差を生む。それでも練習に来いと誘ってくる奴はいたけれど、もう完成してしまった関係性の中に飛び込む勇気はなかった。


 悔しかった。

 それでも、と。

 もう一度やり直せるなら。関係性が築かれる前に戻せるなら。


 また、夢を見る。

 

 ありえたかもしれない日々の中に潜っていく。


 がんがん、と何かが頭の中で響く。まるで固いもので殴られている様な音だ。


 うるさい。

 うるさい。

 うるさい。


 燃えてしまえ。



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