いっしょに行こう?

卯月

夢の中にしか存在しない街

 夢の中にしか存在しないまちってあるじゃない?

 今いる所がまさにそうだった。

 街中にびっしりと石畳いしだたみかれた、すっごくキレイで雰囲気ふんいきのいい街。

 子供のころから私はときどき夢でこの街のことを見ていた。


 私はナオ。女子中学生。

 この街を歩いているってことは、本当はいま夢の中。

 何をするでもなくブラブラと街を散歩していた。



 ――時間はちょうど正午しょうごくらい。太陽は真上にあった。



 夢の中だからね、自分の意志なんてあって無いようなものなんだ。

 なんとなく公園に足がむいて、噴水ふんすい広場へたどり着いた。


「こんにちは」


 噴水前で声をかけられた。

 高校生の見知らぬお姉さんだった。


「こ、こんにちは」


 知らない人に話しかけられて、ちょっとビックリしてしまう。

 お姉さんは気にしない感じでニコニコしながら近づいてくる。


「あたし初めてこの街に来たの。

 で、ちょっと道にまよっちゃって」


 どうやら彼女、この街の高校に転校して来たんだけど場所がわからなくて困っていたんだって。

 で、私はなんかよく分かんないんだけどその高校の場所を知っていたんで道案内することになった。



 ――時間は午後になったばかり。太陽は西側にちょっと進んでいた。



 お姉さんはサチっていう人だった。

 前に住んでいた街には友達がいっぱいいて、サチさんも本当は離れたくなかったんだって。

 でもどうしても引っ越してこなければいけなくなっちゃって、トラックでこっちに引っ越して来たんだとか。



 ――時間はおやつの時間くらい。空がほんのりオレンジ色になってきた。



「ナオちゃんはずっとこの街にいるの?」

「ううん、ここにはたまに来るくらい」

「ふうん、そうなんだあ」


 サチさんはニコニコ笑いながら私のことを色々と聞いてくる。

 私も楽しかったので聞かれたことはなんでも話した。



 ――時間は夕方。街はいよいよオレンジ色にまっていく。



「あー、なんか学校につく前に暗くなっちゃいそうだね」

「うん良いの良いの、そういうもんだから」

「そう?」

「そうそう」


 夕焼けの空を見上げてそう言う私に、サチさんは良いの良いのとしか言わない。

 まあ夢だから別にそういうことでもいいのか。



 ――時間は黄昏たそがれどき。太陽はしずみかけていて、相手の顔もよく見えない。



 ヤバい。マジで本格的に暗くなってきた。

 目的の高校はもう少し先だ。

 すれ違う人たちの顔がよく見えない。

 黄昏時って、『かれ』の時って言うもんね。

 あれは誰だ? 暗くてわからないぞって意味。


「ヤバいねサチさん、本当に暗くなってきちゃった」

「大丈夫大丈夫、心配いらないから。

 ナオちゃんは心配性だなあ」


 そう言って私の手をにぎるサチさんの顔も、見えなかった。



 ――時間は日没にちぼつ時。夜が来てしまった。



「ねえサチさん。ねえサチさん」


 街灯がいとうもない暗い夜道。

 怖くなった私はサチさんの名前を何度も呼ぶ。

 

「大丈夫だから」


 サチさんは怖がる私の手を引いてズンズン奥に進んでいく。

 その時、私はあれっ? おかしいな? と思った。

 だって『道が分からないから案内して』っていう話だったじゃない。

 どうしてサチさんが前にいて私を引っ張っているの?

 これじゃまるで私が連れていかれているみたい。



 ――時間は深夜。月もない夜。



 とうとう目的の高校に着いた。

 でも完全に真っ暗で、校舎の中がどうなっているのか全然わからない。


「よ、よかったねサチさん。

 じゃ私はこれで」


 なんだかすっごく怖くなっていた私はそう言って帰ろうとした。

 でもサチさんは私の手を離してくれない。


「ねえナオちゃんも一緒に行こうよ。

 あたしたちきっと親友になれるよ」

「えっ、いや、私まだ中学生だから」


 そう言って手を離そうとするが、サチさんは離してくれない。

 

「そんなの大丈夫だよ、ねえ行こう?

 一緒に行こう?」

「いや帰らないといけないから、あっちに家族とか友達とか待ってるから」

「あたしだってそうだったよ!」


 サチさんは突然大声で怒鳴ると、ガッと私の腕をつかんできた!


「あたしだってあっちに居たかったよ!

 でもしょうがないじゃん!

 なんでアンタだけ!?

 なんでアンタだけ好き勝手に行ったり来たりしてるの!?」

「イヤッ!」

「ずるいずるいずるい!

 お前も仲間になれ!」


 サチさんは鬼の形相ぎょうそうで私を校門の奥へ引きずり込もうとする。

 私は必死で抵抗した。

 

 その時、校舎の奥からゾロゾロと大勢の人たちが出てきた。

 全員真っ青な顔をしていて、精気のない眼でジロリと私を見る。

 青白い手をたくさん伸ばして、私を引きずり込もうと迫ってくる!


「ギャーッ!」


 私は必死に腕を振り払って、来た道を走った。

 

 ダメだ、ダメだ、絶対あそこの中に入ったらダメだ。

 入ったらきっと一生帰ってこれなくなる!

 

 私は必死で明るいほうを目指して走った。

 やがて夜から夕方へ、夕方から昼間へ。

 そして元の噴水広場へ帰ってきた時。


「もう大丈夫だ……!」


 そう安心した私は、夢からめたのだった。

 全身あせでびっしょり。

 最悪の目覚め。

 でも目覚めることができて助かったって心から思った。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 お母さんが作ってくれた朝ご飯を食べながらスマホを見ていた私は、SNSでビックリするような情報を見つけてしまった。

 昨日の深夜、女子高生が居眠り運転のトラックにかれて死亡した、って。

 

 そういえばあの人、そんなようなことを言ったよね。

 トラックで来たって。

 ちょっと引っかかる言い方だから記憶に残っていたんだ。

 だって普通わざわざ言わなくない? トラックで来たなんて。


 つまりあの夢にしか存在しない街ってさ、マジで「この世には存在しない街」ってことなのかも知れない。

 なんとなくそんな気がする。

 あの街に引っ越してきたっていうのは……つまり……。


 私はつかまれた腕の痛みと恐怖を思い出して、全身に鳥肌とりはだがたった。

 もう二度とあの街には行きたくない。

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いっしょに行こう? 卯月 @hirouzu3889

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