ふと訪れて

蜜柑桜

お久しぶり ありがとう

 ——お久しぶり。







 人が現世で息を引き取った後、どうしているのか私は知りません。

 まだその辺りにいるのかもしれないし、息を引き取った瞬間に違うところに行ってしまっているのかもしれない。


 心霊現象などに入れ込む人間ではありませんが、それでも人の想いは残るのではないかな、物理的な時空間を超えて伝わるのかな、と思う経験はありました。



 ***



 飛行機に乗っていました。日本行きの飛行機だったと思います。

 大地の上、何千メートルだったかわかりません。そんな高い空で、別の飛行機や飛行物体とすれ違うはずはないのに。

 すれ違ったと思ったのです。九十を過ぎた父方の祖母と。


 目が覚めて、どれくらいの時が経ったか。私は留学中の欧州の自宅でした。飛行機で寝ていたわけでもありませんでした。

 実家から連絡が入りました。介護施設に入っていた父方の祖母が亡くなったと。姉はその時に身重、親は仕事で動けないから、代表で通夜に出て欲しいと。

 幸い、私はもう学位論文提出前の教授からの最終提出ゴーサイン待ち。貯金も大学からの奨学金もあり、フライトチケットを買う金銭的余裕も十分でした。

 多分、呼んでくれたのだと思います。私と一緒で音楽が大好きで、マリア・カラスを愛した祖母でした。




 ***


 ——あれ、おばあちゃん——


 仕事の忙しい真夏のことでした。自室に入ってベランダからの光が眩しい、蒸せ返る日本の夏。

 何の前触れもなく、母方の祖母のことを思い出しました。彼女がくれたものを見たわけでもありません。


 そして初めて、今がお盆だったことを思い出しました。

 ふと「どうしてる?」と訪ねてきてくれたのかもしれません。

 遠方に住んでいたのに、よく孫の面倒を見に出てきてくれました。たくさん遊んでもらい、たくさん教えてもらいました。

 お墓参り、行けなくてごめんね。



 ***


 ——こっちにはまだ来るなよ。



 日々の生活って決して思うように行かなくて、

 大事な人が手の届かないところへ行ってしまうことも重なって、どうしようもない時ってあるものですね。


 なぜなのでしょう。

 どこなのかわからない。どこにいたのか知らないのですが、言われたのです。


 気づいた時には布団の上でした。

 でもこれはただの夢だったのでしょうか。



 ***



 他に、まだ言葉に出すにはとても堪えられない、でも同じような不思議がありました。

 きっと何か伝えにきてくれた、そう思いたいと思います。



 ——お久しぶりです。こんにちは。



 ありがとう。頑張ります。

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