名探偵を殺す

夜野 舞斗

さよなら、探偵さん

 夜間の学校は小学五年生にとって、非常に恐ろしいものである。学校によくある怪談話も恐怖の対象ではあるが、もっと現実味のある者が怖い。

 見回りの先生に叱られること、だ。

 それに幼馴染の少女と共に掃除用具ロッカーの中に隠れていると知られたら、どう説明するべきか。心臓がバクバク鳴り響いて、止まらない。夏の風が非常に冷たい。

 彼女、美伊子みいこに相談しても答えてはくれなかった。


「氷河、ちょっと静かにしてよ。犯人に存在がバレちゃまずいんだから」

「だからって、僕は嫌だよ。今日の見回りが誰だか分かってるでしょう。僕んところの担任、怖いんだからな」

「それは好都合だねっ」

「何が!?」


 すぐに僕の口に彼女の冷たい手が当てられた。非常に理不尽この上ない。僕が何をしたと言うのだ。単に彼女の相談に乗ってあげただけだろう。

 そう。あの「氷河のクラスに最近、第六感で失くしたものを次々と見つける名探偵がいるんでしょ?」と言われ、次の瞬間「その名探偵さん、非常に怪しいと第六感が言ってるんだよね。手伝ってほしいんだけど」と告げられた。

 快く頷かなければ、ここまで連れてこられることもなかったのだろうか。いや、彼女は何としてでも僕を引っ張っただろうな。彼女にとって僕は盾でもあり、叱られる身代わりでもある。

 僕が溜息をついているのにも関わらず、彼女は今起きている事象の確認を取ってきた。


「その子って、真島くんでいいのよね? あの太っちょで一番背の高い」


 無視するのも可哀そうだからと説明していく。


「うん。アイツが最近、ことあるごとにクラスメイトの失くしものを見つけてね。話題になってる」

「見つけたものって、リコーダーにシャツにブラに教科書でいいのかな?」

「ああ」

「何か怪しいことってあったよね?」

「えっ、今の中に……? そういや、教科書の時だけ、何だか変な表情になってたな。あっ……もしかして」

「そう。この事件の犯人は……」


 いや、分かったけれども。それであっても、夜中に来る理由が分からない。それ、朝でなくてはダメだったのか。

 彼女に問いてみようとしたところ。


「ねぇ」

「さて、時間ね。解答編を始めましょ」

「今の時間、その真島くんが……あれっ?」


 彼女がロッカーを開けて、飛び出ていた。真島くんではなく、担任の教師がいるだけ。

 僕は無言で無邪気な顔をしている美伊子を睨む。完全に、これ、僕が怒られる状況ではないだろうか。美伊子は「そこの男子に連れ込まれました」などと言ったら、僕の人生は終了だ。どうしてくれるんだ……と文句を言おうとしたが、自分の口は開いたまま動かなかった。

 何故、担任の教師がこちらと教卓の上にある下着を交互に見ているのだろうか。

 そこに美伊子がコメントを入れた。


「先生、その下着は絶対に触っちゃいけませんよ。ねぇ、そこにいるんでしょ? わざと失くしたと騒いだ女子さん? この状況を見届けるために雨どいの下に隠れてるんでしょ?」


 何故か窓の方からひょこっと顔を出すクラスメイトの女子。僕は訳が分からず、美伊子に問うていく。


「これは一体……? えっ、真島くんを追い詰めるんじゃないの!?」

「後で真島くんに言っといて。きっと彼は名探偵としてもてはやされたくて、人の教科書を……そっ、次の時間に失くしたと気付くであろう教科のものを選んで盗んだ。それから次の時間に発見した。だから、堂々とできなかったんでしょうね。自分が犯人であるから」

「ああ……」


 それとこの状況がどう関係しているのか、彼女は闇の中から語っていく。彼女の瞳だけが怪しく光る。


「で、その探偵さんを作り出したクラスメイトの女子さん。何で彼が見つけられたのかしら? ブラやシャツに関しては、プールの授業の後の更衣室で置いてくる、と言うのは分かるけど。それだったら、どうやって真島探偵は発見できたのかしら」

「ああ……なるほど、おかしいよな。真島くんは体格が大きいから、女子更衣室に入って発見なんてできないし」

「そもそも、一日で発見できるってことがおかしいのよ。普通、そういう替えの下着がないことに気付くのは学校から帰って洗濯物を出す時でしょ? もし、普通に探してないってなら、ああ、更衣室に落としたんだってなるでしょうし。普通、騒がない」

「ってことは……わざと、下着を失くしたって叫んでたのか!?」


 美伊子の闇深い笑顔に出てきた女子は引いていく。


「そういうことになるね。それで担任が拾うよう仕向けて。それで担任がリコーダーやシャツ、下着を盗んだって言いがかりを付けたかったんじゃない。動機としては簡単。叱られていることに対する腹いせだよね!」


 見事な推理ショーを一人で見せた後に、美伊子は回れ右で教室を後にする。真実は分かったのでどうか一人でやってください、と言うことだろう。

 僕を置いていかないでくれ。

 

「美伊子! ちょっと!」

「早く早く! 逃げないと、大変なことになるよ!」

「もうなってるんだよっ!」


 

 

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