誰がために機銃を担ぐ(KAC2022:③第6感)

風鈴

誰がために機銃を担ぐ

 僕があるのは、全てこの時の為だ!!


 距離1500メートル。

 これ以上、近づくことはできない。

 ここまで来るまでに払った犠牲は、知らされていないが、それを推測するには有り余るほどの行程を踏んで、ここまで辿り着いた。

 ヤツはシェルター内に隠れ、外に現れることは基本的にない。

 しかし、愛する家族との再会だけは別だ。

 それが、厄介な手術が成功した後なら、尚更だろう。

 ヤツは病院へ、この時間に向かうハズなのだ。

 この情報を掴むまで、幾人のスパイが倒れて逝った事か。

 ヤツさえ倒せば、内部工作が成功し、現政権は倒れるだろう。


 スコープを覗く目は瞬きすることなく、トリガーのかかる指も震えはない。

 そうして待つ間、ふと脳裏によぎる映像があった。


 *

 汎用タイプの自動小銃M16A10(通称エーテン)、改良が進み軽量化されているとはいえ、装填された疑似弾薬は本物の倍以上の重量を持たせており、約4キロの重さが次第に持ち上げる腕の筋肉を疲弊させる。


 僕は、このエーテンを掲げ持ち、泥にまみれ、防弾チョッキの質感を感じながら、匍匐前進をしていた。

 僕の名は、二条達也にじょうたつや

 隣りには、僕の彼女、二宮幸にのみやさちが居た。

 彼女は、女性でありながら自衛隊幹部を目指し、男と同等の訓練をこなしていた。

 その我慢強さと身体能力は、男顔負けだった。


 彼女とは、自衛隊幹部候補生の同期であり、僕の良きライバルだったが、やはりそれは男と女。

 互いに認め合い切磋琢磨するうちに、どちらからともなく、そういう関係になった。

 いや、どちらかと言えば、彼女の方が積極的だった。


 少ない休暇をドライブに出かけ、二人でキャンプをする。

 富士山に近い合宿地から食材を仕入れると、穴場のキャンプ場へ移動する。

 二人とも、自然が好きで、富士山なんかは最高のシチュエ―ションだ。

 他の者達は、街へと享楽を求めて出て行く。

 しかし、僕達は、二人で居ることを好んだ。


 料理担当は僕の方だ。

 二人用にしては多い肉類をいつも買い込み、寒くなれば鍋もあるが、基本はバーベキューやカレーなどの簡単なモノ。

 後はビールやチューハイ各種、日本酒にワインがあれば十分だ。

 二人とも、身体も大きく、食べる量も飲む量も多い。

 特に、彼女は、飲むことに関しては猛者も多い同期生たちの中では、一番だろう。

 悪酔いをしたところを見たことがない。


 しかし、二人だけだと、燃える火の前で、『酔っちゃった』と言って、彼女は顔を赤らめて僕に身体を寄せてくる。

 たぶん、燃える火のせいで顔が赤いだけではないだろうと、いつも思う。

 そんな彼女が愛おしく、そんな時には身体を抱き寄せ、額を合わせる。

『熱いね、熱でもあったら大変だから、ちょっと脈をとってみようか』と言って、僕は彼女のムネのボタンを外すのだ。

 そして、彼女はいつものように、『バカね、まだ早いわよ』と言って、僕の手を捻り上げて、組み伏せる。


 まあ、陸軍あるあるだな。



「いいか、お前ら!何事にも基本が大切だ!基本の出来た者だけが、最終的には生き残る。何事も同じだ!お前らの命を救うのは、お前ら自身だ!ここは戦場だ!命のやり取りをするところだ!失敗は即、死につながると思え!」


 鼓舞する1等陸尉のだみ声が響く。

 匍匐前進は終わり、藪や林に潜む仮想敵との交戦が始まろうとしていた。


「五感を研ぎ澄ませ!全身で感じろ!いいか、鳥たちや小動物の動きはもちろん、空気の匂い、木々の動き、木の葉の動きや草の動き、五感全てを使って、このフィールドの全てを感じろ!」


 ある場所で、発砲が起こった。

 と、同時に、あちこちで、タタタタ、パパパパと激しい打ち合いが始まる。

 彼女は右へ、僕は左へと地面を回転しながら、木々の根元まで移動する。



 *

 思えば、ずっとあの訓練以来、こんな感じだったな。

 まだ動きの無い様子に対し、イラつかないようにと、幸の事を想う。


 彼女とは、いつも赴任先が反対方向。

 そのため、彼女は、オペレーション担当の部署になり、実践から離れていった。


 僕達は、彼女が指令本部か、それに相当する部署勤務となって落ち着いたのを機に、結婚を考えていた。


『よし、次の休みは、あの富士の見えるキャンプ場に行くか!』

『わあ、楽しみ!!それまで、ケガしないようにね!』

『ああ、お前もな』

『あはは、なにそれ?私は、あなたと違って、だからね!』


 そう言って、また楽しそうに笑ったな、幸。


 *

 その時、緊急連絡が入った。

「影1より、影ゼロ!目標をロストの可能性」

「繰り返す、ロストの可能性、暫く待機せよ」


 少し、緊張を緩め、息を吐く。

 肩にチカラが必要以上に入っていたようだ。

 もう少しだ、落ち着け、オレ!


 ・・・落ち着けだと?!

 バカか、オレは!


 あれからオレは、一度たりとも、落ち着くことなど出来なかったよ!

 オレは、またスコープに目をやり、トリガーに指を掛けた。


 *

『緊急連絡だ!!落ち着いて聞いてくれ、みんな!指令本部、並びに各地の司令部が同時にミサイル攻撃を受けた。これからも、まだ各軍事施設には攻撃が続くだろう。今、北と西から同時に宣戦布告が為された。我々は、この訓練を中止し、上からの支持を待つ。全員、G地点に集合開始!!』


「幸は?幸はどうなったんですか?隊長!指令本部は?」

「今、事態は混乱している、もう少し待て!」


 訓練中だったため、直接の通信手段が限られており、幸の安否がわからなかった。

 そうして、やっと、その翌日に仔細が明らかとなる。

 幸が勤務していた指令本部は建物ごと吹き飛び、無惨な廃墟となっているらしい。

 僕は、あらゆる連絡手段と方法を使って情報を取ろうとしたが、大都市へもミサイル攻撃が行われ、日本国中に火の手が上がり、通信網は寸断された。


 移動中、渋滞に巻き込まれる中、サービスエリアで休憩に入ると、自衛隊に向かって、非難の声が上がる。

『何をしてるんだ、お前らは!税金の無駄使いばかりで、クソの役にも立たねーじゃねーかよ!』

『どうしてくれるの?私の子供達が東京に居るの!助けてよ!自衛隊でしょ?私達を助けてよ!』


 クソッ、クソッ、クソッ、オレだって、親も兄弟も愛する幸も、どうなってるのかわかんねーのに!


 *

 人間は、身勝手な生き物だ。

 窮地の時に、その本性が現れる。

 でも、オレも、そんな人間だから、だから、一緒なんだ、オレも、あの文句を言った人たちも。

 オレは、幸が死んだことを受けとめられずに、食って掛かった!

 瓦礫の下に居る筈だろ?

 なんとか、見つけてくれ!


 そう叫んだよ。

 無理だとわかっても、そう言ってしまうのが人間だ。

 人間は、弱いものなんだよ。


 オレは、個人的には、この戦争を起こしたとされているヤツを憎んではいない。

 そもそも、ヤツにも守るべき何かがあったのだろうから。

 それに、誰が悪いのかという判断をするには情報が不足しているからだ。

 だが、ヤツのそういう性分を見越して、それを利用しようとしているヤツ等には心底、腹が立つ。


 戦争はヤッテはダメだという事が常識のように肯定される日本では、そもそも軍事力を持ってはダメなんだ。

 それを持っていても、戦争をしたらダメなんだから、戦っちゃあダメって事なんだよ。

 でも、そんな事、もう良いよ、みんなそんな矛盾は、オレ等自衛隊が引き受けなくちゃいけない事なんだ。


 愛する者達の為に戦う、それって当然だろ?

 人間として、当然だろ?

 それが戦争という名前が付いてるだけだろ?

 戦争するしかねーよ!

 オレは、戦う。

 ヤツも、そういう大義名分があるんだろ?

 お互い様だよな!


 幸、お前なら何て言うんだ?

 オレは、お前を奪ったこの戦争を許さねーから。

 だから、終わらせる。


 *

『この任務は、お前しかいない。もう、自衛隊の特殊訓練を受けたヤツで、これを扱えるのは、お前しか、もういないからな』

『玄さん、いや、久世一等陸佐!謹んで、拝命いたします!』

『二条三等陸佐!任せたぞ!』

 玄さんは、オレに敬礼をした。

 その意味するところは、死んで来いと同義だった。

 オレも敬礼をした。


 *

 集中だ!

 これで終わらせるんだ!


「影1より影ゼロへ。間もなくだ!頼んだぞ!」

「影ゼロ、了解!」


 良くこの場所を確保できた。

 小高い山からの攻撃だ。

 距離1.5キロからの攻撃に使用する、このMK47グレネードランチャー改は、毎分40発程度の榴弾を放つ。

 着弾した所から半径5メートル以内に居ると死ぬ。半径15メートル以内でも怪我をする。

 弾道は最新のコンピューター技術が使われ、スコープによる計測と風向き温度湿度気圧等の初期条件を入力して、計算される。


 距離はすでに計測をし終えているので、後は引き金を引くのみだ。

 五感を研ぎ澄ませ!

 いや、そう言ったあの陸尉はもうこの世には居ない。


 だったら、五感だけではない何かを感じなければ!

 ヘリの音が聞こえる。

 うるさい。

 集中だ!


 自動車が横付けされた。3台も来た。

 建物から、同様の格好をした7,8人が出てくる。

 背格好も顔の感じも似ている。

 目には黒いサングラスで表情を隠している。


『出て来たぞ!撃て!』(影1)


 オレは引き金を引いた!


 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

 次々と発射される榴弾が次々と当たる!


『えっ?なんだ?』(影1)


 小型のヘリが、被弾して、操縦不能となり、煙をあげて墜落していった。

 対物兵器にも用いられる弾幕が功を奏した。

 オレは、寸での所で第六感が働いたのだ。


 ヘリの音が気になり、スコープで見たら、ヤツが居たと、オレの第六感が知らせたのだった。

 直ぐに修正し、そのヘリが動く軌道上に目標を設定した。


 実際に見えたかどうかは、判然としないが、スコープを見たその時、幸の笑い顔を見た気がしたのだった。


『影1から影ゼロへ、あのヘリで間違いがない。確認が取れた!撤収だ!ゼロ、すぐに撤収しろ!ゼロ!応答しろ!』

 影ゼロの居たところは、既に敵の砲撃を浴びて、その地形が変わっていた。


 黒煙が、晴れ渡る寒空に、二つ、棚引いていた。

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