第31話 男の覚悟


 浅野(あさの)真二(しんじ)は結衣の電話が突然切れたこととあの悲鳴で異常を感じ、彼女の家に向かって走っていた。


 あまり運動が得意ではなく体力もないほうだが彼は必死に走る、ノドが渇く、肺へ通じる気管が痛くなり、酸欠で頭がズキズキするが彼は結衣の家まで全力疾走をやめようとはしない。


 浅野家から差江島(さえじま)家までは歩いて一〇分、それを三分もしないうちに着いたのだから常人としてはかなりのハイペースだ。


 血液がノド元まで昇ってくるような感覚を押さえ真二は顔を上げて二階にある結衣の部屋の窓を見る、まるで人を無理矢理引きずり出したと思うほどガラスは派手に割れ、窓枠も歪んでいる。


 真二は慌てて玄関の呼び鈴を押すが誰も出ない、どうやら両親はもう探しに出て行ってしまったようだ。


「そんな、結衣ちゃん……」


 真二が泣き出しそうな顔で下を向くと不意に後ろに人の気配を感じる、後ろを向くとそこには赤と黒を基調とした服を着た中背の男が立っていた。


 服の上からでも分かる、鍛え込まれ締まった肉体、そして彼の腰元に違和感を感じる、何も見えないが何かがそこにあるような気がするのだ。


 真二の視線に気付くと男は静かに言った。


「なるほど、不可視魔法が完全に効かないか、もしかすると才能があるかもしれないな」


 男はそう言って真二の視線の先にある自分の腰に挿している二本の短刀をなでる。


「あ、あなたはだれですか?」


 男は小さく笑い、あくまで冷静に、そして静かに問い掛ける。


「少年、君は彼女に会いたいのか?」


 真二の目が大きく見開かれ男に掴みかかる。


「結衣の居場所を知ってるんですか!? 教えてください、結衣は! 結衣ちゃんはどこにいるんですか!?」

「……その先に何があっても、君はその気持ちを保てるかい?」


 それを聞くと真二は少しムッとした顔で男の目を見る。


「どういう意味ですか? 僕はどんなことがあったって結衣に会いたいんです! この気持ちが変わるわけがありません!」

「……そうか」


 男は街のとあるビルの名を言うと「君ならあとは感覚でわかるはずだ」と言って真二がまばたきをする間に姿を消してしまった。


 男の正体が気になるがそれよりも今は結衣が優先だ。真二は今までさんざん鞭打ってきた体を無理矢理動かし街に向かって走り出す。

 その様子を短刀の男は結衣の家の屋上から見下ろし一言「後悔するな」と呟く。



   ◆



 月人達は姉の夜風(よるか)も加え三人で戦うがワクチンを打ち込む隙がない、何せ無数の髪の龍が触手のようにうごめき襲い掛かってくるのだ。


 とてもではないが全てをかわし結衣のもとへ辿り着くなどできず、髪を吹き飛ばそうとすれば結衣を傷つける可能性がる。


 そしてすぐに再生するとはいえ月人は自ら率先して戦い、美咲と夜風に来た攻撃をかわりに受けるなどの戦い方でさきほどから何度も傷つき、肉体の破壊と再生を繰り返している。


 結衣の攻撃はただ髪が締め上げるだけでなく、触手の先端を龍の頭から刃へと変え、切りかかってくる物もある、硬質化した髪は鉄を超える強度を持ち、月人の肉体を切り裂くのだ。月人は血を吐きながら舌打ちをする。


「くそっ、早くしねえとあいつ死ぬぞ……」


 その言葉に美咲が鋭く反応する。


「待って夜王くん、結衣ちゃんが死ぬってどういうこと?」


「様子からすると、あいつは霊力を暴走させて常に最大霊力で戦わせる毒に犯されている、でもその毒は爆発的な戦闘力が手に入るかわりに常に霊力を解放しつづけるからすぐに霊力が切れる、そうなれば今度は魂の力、魂力(こんりょく)を使い出す、これが切れたら生物は死ぬし霊体は消滅する」


「そんな!」

「だから、さっさと……」


 月人が言い終わらぬうちに髪の龍本体が超高速で夜風に噛みかかる、それをかばい月人は龍に飲み込まれた。


「月人!」

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