第30話 髪龍


 同じ頃、街の警備に当たっていた月人と修行を兼ねて一緒にいた美咲が爆発的な霊力を感じ取りそちらに視線を向ける。


「夜王くん……これって、モンスターだよね、それも強い」

「ああ、こんな強い霊力、そうそうあるもんじゃない、確実に上級悪魔レベルだぞ、でも、この匂いは……」


 モンスター界でもトップクラスの嗅覚を持つ人狼(ウェアウルフ)と吸血鬼(ヴァンパイア)の子供である月人の鼻は確実に覚えのある匂いを捕らえる。

もし彼女が暴れているならすぐに止めなくてはならない、だが美咲と一緒に行っては遅れる。


「つかまれ立花!」

「えっ? こう?」


 美咲が月人の体にしがみつくと月人の背中から巨大な翼が生え瞳は真紅にそまり鋭い犬歯が口からはみ出す。


「ちょっ、夜王くん何を!?」


 美咲の言葉とほぼ同時に月人は飛び立つ、音速にかぎりなく近い、音の壁にぶつかるスレスレの速さで空間を貫き、美咲は絶叫する。といってもこの速さで声は出せないので心の中だけに止まる。


 美咲がケガをしないギリギリの減速で止まるとそこは夜なお明るい街の上空だった。


 下の街とは違い、暗い闇世界の空、超高層ビルの屋上に黒い塊がうごめく。それが全て人の髪の毛であると気付くのに一〇数秒、それと同時にようやく美咲が呼吸を整える。


「ちょっと夜王くん、あんな速度飛ばれたらあたし息できな……ってわぁ!」


 美咲の言葉を聞き終える前に月人は美咲の襟首をひょいと掴み上げると上空へ飛び、月人が飛んだ一〇〇分の一秒後、さっきまで二人がいた空間を黒い龍が大きな口で飲み込み美咲の頭から血の気が引く。


 黒い髪の塊はその形を太く長い龍の姿へと変えつつも体のいたるところか成人男子の腕ほどの太さの小さな龍が這い出し、その無数の龍が月人達に襲い掛かる。


 月人が全体不可視魔法をかけ、二人同時に腰の剣を抜く。


「この匂い、やっぱりあいつ差江島だ!」

「えっ!? あれ結衣ちゃんなの?」

「ああ、ありゃ暴走呪文(バーサク)系の毒だな、ちょっと待ってろ」


 月人は攻撃をかわしながら携帯を取り出すと姉の夜風に電話をかける。


「ああ、姉さん、悪いけど今面倒なことになってるんだ、すぐにワクチンBの5と4持ってきてくれ」


 姉の夜風の返事を聞くと月人は携帯を閉じる。


「よし、後は姉さんが来るまで足止め……」

「出来るの?」

「ちょっと難しいな」


 結衣の髪はなおも伸び続け黒龍は巨大化を続ける。結衣の姿が見えない、おそらく髪の中に取り込まれているのだろう。


 本人の意思とは関係なく髪が暴走しているか、髪の中から髪を操作しているのかは分からないが友人である結衣を傷つけるわけにはいかない。


 敵として倒していいのなら話は簡単、月人が本気を出せば一瞬でこの世から抹消することも出来る。


 だが傷つけずに動きだけ封じるとなると難易度は一気に上がる。


 二人は同時に襲い掛かる無数の黒龍に向かって剣を振るが剣は髪の表面をわずかに切るだけで完全に切り落とすことが出来ない、人間の髪とは皆が考えているよりもはるかに丈夫なもので人間一人分の髪があれば一〇トンもの重量を支えることが出来る。


 二口女の髪ともなればその強度は人間の一〇〇倍以上、霊力を込めた剣はおろか銃器でも傷つけるのは難しい、月人はそれに気付くとすぐに火術で髪を焼き斬ることにする。だがどんなに焼こうと髪は無限に伸び続ける。


 月人の力ならば一瞬で全ての髪を灰にすることも可能だがもし力加減を間違えて女の子(ゆい)に火傷でもさせたらと考えると思い切った攻撃が出来ない。


「ちくしょう!」


 巨大な口が迫った時、月人は反射的に強い炎を放ってしまう。しまったと焦るが炎は多くの髪を焼いたが結衣には届かなかったようだ。

 月人がホッと胸を撫で下ろすと後ろから姉の声がする。

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